ナナシの正体
円形の空間に、グレテフレーゼだった光の粒がばら撒かれる。ナナシ達を祝福する様に宙を漂うそれは、時間を掛けてゆっくりと消えていき数秒後には全て消えて無くなっていた。
そんな幻想的な空間に目を奪われているナナシ達は、それを遮る様に聞こえた拍手の音に身構えた。
「面白い、実に面白い。
まさかグレテフレーゼを倒すだなんて思っていなかった」
暗闇から白衣を掛けた男性が現れる。
頭はハゲていて、そのキランと輝くメガネを掛ける様は、どちらかと言うと科学者よりヤクザの文字がピッタリと似合う様な男性だ。
「ああ、まだ自己紹介をしていなかったな
私は共馬。このゲームの管理者の1人だ。」
管理者の1人、共馬は今、ナナシ達の目の前に現れた
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「ああどうなっているんだ何で出来ているいや大丈夫すこし頭の中を調べさせてくれないか直ぐに元に戻すからでもそれだと今回で終わりになってしまうそれでも被験者に嫌われたくないそれでも知りたい君の全てが知りたい何で自我が芽生えているどうやったら芽生えるどんな状況だった教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えて『ストォップ‼︎』」
まるで壊れた機械の様に話す共馬を、ナナシの声が呼び止める。その姿はまるで、探し求めていたものをようやく見つけた子供の様だ。しかし………
「なぁ、どういう事だ?俺が何なのか知っているのか?あんたは」
そう、先程からの共馬の発言は、まるで全てを知っているかの様な口調だからだ。
「あ?お前、自分が何者なのか分からないのか?いや、気付かないのか?」
それは信じられない物を見た様な目だった
どうやら、ナナシが本当に気付いていない事がよっぽど驚きらしい。
そして、言い聞かせる様にこう言った。
「CNRW-0023、それがお前の名前だ」
突如現れた謎の番号に、その場にいた4人の動きが止まる。
車の識別番号の様な物を聞かされ、それがお前の名前だ、なんて言われて「はい、そうですか」と返せる人間は居ないだろう。
なんせ、人間に識別番号なんて付いていないからだ。しかし…………
「Connect oNline Routine Worker、略してCNRW。これはコネクトオンラインという新世界で決められた役割を延々と繰り返す奴らの事で、要するにNPCってこった。
お前はその23番目って事。」
告げられた現実に、ナナシの思考が停止する。
NPC。
Non Playable Characterの略であるそれは、作られたこの世界を成り立たせる要素の一つであり、プレイヤーキャラクターに対し「ゲームの進行」「イベント発生」「バランス調整」を行い、プレイヤーをゲームマスターの作ったストーリーにうまく誘導するための存在である。
言葉の定義からすれば、プレイヤーが操作しないキャラクターは全てNPCである。多くのRPGでは、主人公の家族・店の主人・普通の村人・王や姫・モンスターなどの敵キャラクター、ありとあらゆるものがNPCの範疇に含まれる。
そして共馬はナナシがそのNPCの内の23番目だと言うのだ。通常なら「何言ってんだこいつ?」で終わるかもしれない。しかし………
「信憑性が無いって言われるかもしれないけど、事実だよ。このゲームの管理者の1人である僕が言うんだから。
それに、そこのキミ達なら僕が誰だか分かるね?」
そうタケ達に問いかける。
そこには信じられない物を見た様な顔をしたタケ達が居た。
それも仕方が無いだろう。何故なら……
「日本が誇る仮想現実研究の第一人者にして、コネクトオンラインを作った最高責任者の1人………TVで見たことあるよ」
誰が言ったのだろうか、しかしその話し方からは嘘に見えなく、現実味を憶えている。
その事実に、ナナシは膝から崩れ落ちた。
そのまま四つん這いになって何も言わなくなった。いや、小さな声で色々と呟いている。
「じゃあ俺は………結局何者でも無かったって事かよ……
どうりでメニューを開けないしお金も無いし服装もこんなんなってる訳だ…
若干予想はしてたけど、実際に言われるとキツイな……ハハッ」
それが全てを物語っていた。
今まで起きた理不尽と、原因の分からない現象、それら全ての疑問が「NPCだから」の一言で片付くと言うのだからタチが悪い。
実際、自分が人間では無いと言うことは想像していたのだ。
このデータ上の世界でこんな事が起きるのは人間ではあり得ないという事から、こう言われるのは目に見えていたのだ。
だが実際に言われると話は別だ。
信じたく無い真実をありのままに告げられる恐怖はかなり恐ろしい。
自分で死ぬ持病を患っていると知っても、実際に近い内に死ぬと言われても受け入れたく無いのと一緒である。
そしてナナシは
「まぁ、別に私は君に何かしようとは思わない。好きに生きて、私に見せてくれれば良い」
共馬の発言に動きを止めた。
文字通りピタッと動きを止めたナナシを尻目に、共馬は話を続ける。
「別に私は何かしに此処に来た訳じゃ無い。自我を持つなんてあり得ない事を起こした君を見に来ただけさ。
グレテフレーゼだって、君という観察対象が居なければけしかけてはいなかった。始めたばっかりの彼らにグレテフレーゼを倒せる筈が無いからね。スキルを会得したのは少し驚いたけど。」
語られる数々の真実に、その場の4人の空気がピタッと凍りついた。
つまり、ナナシが居たからグレテフレーゼと戦う事になり、ナナシが居たから共馬と話をしていると言うことだ。
「まぁそれだけ言いたかったんで、もう帰って良いよ。」
「「「「え」」」」
共馬の「帰って良いよ」宣言に、思わず声が出る4人。そして再び現れた魔法陣でナナシ達はその空間から弾き出されそうになる。
「おまっ、覚えてろ!絶対またお前にあって、今度こそ全部聞くからな!俺が知らないこと、お前が知ってること、全て‼︎」
弾き出される瞬間、ナナシがそう言う。
その顔には、全てを聞き出せていない悔しさと、必ず再会すると言う覚悟が映っていた。
そしてナナシが言い終わった瞬間、その姿が消える。空間移動で元の場所に戻されたのだ。
「さぁてナナシ。君は何を見せてくれる?
君は未来に何を起こす?
見せてくれ、そして私は見るとしよう。
VRが生み出す、新たな可能性を。
VRのその先を」