第1章:彼らの日常【ジェフ視点】
ブクマありがとうございます~!不定期ですがよろしくお願いしますm(__)m
今回は右腕・ジェフ視点です。
「ねえジェフ、ファスナーあげて」
「はい、分かりました」
長い黒髪をあげ、うなじをさらけ出し、ぱっくりとその白い背中を向ける少女に鼻血を吹き出しそうになるのをこらえながら、できる限りゆっくりとファスナーをあげる。
―この時間がずっと続けばいいのに。
「…ジェフ、遅い。ごはん冷めるから早くして」
ボスの冷ややかな声に、慌てて残りの部分を引き上げた。
その後、てきぱきと髪型もセットして、共に階下に降りる。
「あ、やっと来た!おいおいボス、ほんと毎度毎度おせえよ!俺もう腹減って死にそうなんだけど」
ボスと共に食堂に入ると、幹部の一人である赤毛のレオが腹を抱え、涙目で抗議した。
「まあ、ベルちゃんもお年頃だからねえ。色々準備があるのよ。ふふ」
「ふふじゃねえよ、なに知ったような口きいてんだ。てめえの女装は確かに時間かかるが、ボスは元が良いから準備なんてしなくていいんだよ。なあ、レオ?」
「え!あ、おう…そ、そうだな…ボスはなにもしなくてもキレ―…」
「はいはい、しずかにー、眠りのお姫様も起きて来たし、給仕するからねー。静かに座ってないとあっついスープ、頭にぶっかけるからねー」
幹部連中が騒ぐのを、幹部兼料理人の金髪が黙らせる。
俺はそのすべてを無視し、ボスを定位置までエスコートし、椅子に座らせ、自分もその左横に座った。ちなみに目の前は赤毛のレオだ。
今日も机の下で俺の足を蹴ろうとしていたので、先手を打って座るついでに踏みつけた。
「いって!」
「どうしたの、レオ」
ボスが気に掛けるが、レオは痛みに引きつった笑みを浮かべて首を振った。レオは口の動きだけで「覚えてろ」と言ったが、俺は鼻で笑ってやった。
「それにしても、ベルちゃんてばホント綺麗!今日の服って、この前ワタシが選んだものよね?さっそく着てくれたのね、どう、気に入った?」
レオの右横に座る性別不明の幹部が、くねくねしながら頬を染める。
「うん、ユーリの選ぶ赤すごく好き。気に入ってるよ」
そう言いながら、天使のように微笑むボス。
―ああ、その笑顔が見られれば俺は何でもいい
「まあ!嬉しいわ!」
そう叫んだ男、ユリウスは照れ隠しか、胸元まで伸びた銀髪を指で弄ぶ。
黙っていれば本当に女のようだが、いかんせん仕草がいかにも過ぎる。諜報活動で“女性として”潜入するときは、きちんとバレずに行動できるが、素がこの言動なのだという。
はじめはどう接していいか戸惑ったが、こう見えてえげつない殺し方をするボス信者だ。俺もそれなりに信用はしている。
「いやあ、オカマが選んだとはいえ、よくお似合いですぜ、ボス。今日の王都の使者も見惚れるんじゃねえかな。ま、そしたら殺しちまいますけど」
俺の左隣からは、山賊か海賊のような風体の壮年の男がワインを煽りながらボスに声をかけた。この男は俺の先輩にあたる。
信用はしているが、朝から酒浸りはいい加減勘弁してもらいたい。
「なるほど、そうか、その手があったか。ジゼルったら頭いいね。つまり、私が色仕掛けをしてこちら側に寝返らせる…」
「ボスは使者を死者にするつもりですか、やめてくださいよ」
「おいなんだ、ジェフ。そりゃギャグのつもりか。微妙に面白い、今度使わせてくれ」
「なら使用料よこせ」
「はいはい、みなさんお待たせー。給仕終わりましたよー」
日課の軽口を叩きあっていると、金髪の料理人がエプロンを脱ぎながらユリウスの隣に座った。その向かいにもう一人の料理人、コック帽子を目深にかぶった少年が腰かけたのを確認し、ボスが口を開く。
「ありがとう、アルト。あ、ベン、食事中は帽子脱がなきゃ。そうそう、いい子。じゃあ、頂きます」
「「頂きます」」
ボスの号令で、幹部六名も手を合わせ、食事を始めた。
幹部は、俺を含めて六名いる。
レオや俺のように、先代の頃から構成員として屋敷にいた者、ボスを主としたいと表明していた者たち―ジゼルやユリウス―と、ボスが当主として就任してから四年の間にスカウトした者―アルトやベン―で構成されている。
ジゼルやユリウスは、当時から殺しの腕を認められ、周囲から一目置かれる存在だったが、先代や次期当主ロベルトよりもボスに傾倒していたため、重要なポストから外されていた面々だ。
特にジゼルは、俺が来る前はボスの一番の遊び相手だったらしい。
現在の構成員の中では最年長の四〇代。
二十二歳で先代に拾われたが、ボスの潜在的な“何か”を早くから見抜き、“お嬢”と呼んで慕っていたらしい。あの会合の時、俺の工作に協力してくれた存在でもある。
俺にボスの側近の座を奪われ、当初は隙あらば殺そうとしてきたが、今は互いにそこそこの友好関係を築いている。
ユリウスは、女装癖のある男だ。
先代の頃は気味悪がられ、仲間から爪はじきにされていた。唯一普通に接し、懐いてきたボスに骨抜きにされている。
ちなみに、恋愛対象は男性女性どちらもいけるそうだ。ボス以上にときめく存在に出会えないことが悩みだという。当たり前だ。
アルトとベンは、まだ十五歳と十歳の兄弟だ。数年前、ボスが下町でスカウトした。
この若さでの幹部昇進は、なにより彼らの殺し方にあった。
二人とも料理が得意だが、殺している様子は、まるで魚を捌くようだと例えられる。
掃除人として、死体はなるべく見せしめになるようなものにしなければならない。
彼らの殺し方は、まさに見た者に恐怖を抱かせる方法だった。
ボスはその死体に感激し、「すごい!こんなにきれいな死体初めて見た!」と叫び、当時世間を騒がせていた“猟奇殺人兄弟”を瞬く間にスカウトした。
ちなみに、ボスの食事係の座を俺から奪った兄弟でもある。
「ああ、さすがアルト。この絶妙な半熟加減、最高…」
ボスが目玉焼きの黄身をほおばりながら、うっとりと感想を漏らす。
「はいはい、喜んでもらえて何より。ちゃんと〝ナイフを入れた時にねっとりと飛び出す〟半熟にしたからねー。みんなの好みに合わせて焼くのって結構骨折れるんだから、しっかり味わって食べてよー」
「……これくらい、俺にだって作れますよ、ボス」
俺はボスの口に入るものはすべて自分が作っていた頃をあきらめきれず、自分好みの“しっかり固め”の黄身をつつきながら言った。
「うーん、ジェフの料理もおいしいんだけど、こう…癖がなさ過ぎて淡泊なんだよね」
さらりと告げられたボスの言葉に、俺は戦慄した。
「た、淡泊ですか…俺のボスへの思いはこんなに情熱的なのに」
俺の発言を聞いたアルトは、小ばかにするようにこちらを見た。
「ああ、いるよねー、そういう料理作るやつ!なんでもレシピ通りに作ってるんでしょ?」
「え、レシピ通りのなにが悪いんだ?」
心底不思議に思って聞くと、口をきけないベンも肩をすくめていた。
「はっ、これだから堅物は。まあ、安心してよ、ボスのご飯は僕らがこれからずうっと、作るからさ」
―ああ、もう俺の作ったものがボスの口に入ることはないのか
くやしさを噛みしめながら、黄身をぶった切る。アルトの頭だと思いながら。
しかしそこに、天使の一声がかかった。
「あ、でも私、ジェフの作るドリアが一番好き。真っ赤なミートソース入りのやつ。この前のもおいしかったし、ドリアはジェフに作ってほしいな」
「え、はい…!喜んで!あなたのためならなんでもします!」
「いや、だからなんでドリアだけ上手くできるんだよ…確かに上手かったけど。結構難しいよ、あれ…」
アルトは呆れたようにつぶやいていたが、ボスの好物は俺も研究を重ねた。ドリアならだれにも負けない自信がある。
ちなみにボスの好物は、とりあえず赤い色が入っていればほぼすべて当てはまったりする。
「あ、そういえばジゼル。あの掃除どうなった?もう終わっちゃった?」
「ああ、あれならこの後、昼前までにちゃっちゃと済ませに行きますわ」
ボスが問いかけた時、ジゼルはワインを一本空け、最後の一滴をグラスに注いでいた。
「そっか、よかった。じゃあ悪いんだけど、その中から一人残しておいてくれる?」
「ん?拷問ですかい?あいつらそんなに情報もってねえんじゃねえかな…」
「いや、囮に使いたくて。ほら、〝死んだ仲間を見たネズミはどこへ行く?〟」
ボスは悪戯っぽく微笑み、フォークをジゼルに突きつけた。
ジゼルは無精ひげを指でなぞると、懐かしそうに小さく笑い声をあげた。
「なるほど…〝そいつは怯えて巣穴へ帰る〟ですかい」
「そう、それ!あと一か所くらいアジトがあるはずなんだよね。そこで残った残党狩りもできるかなと思って…」
ボスとジゼルは楽しそうに会話をするが、たまにこんなことがある。
俺の知らない時代のボスを世話したジゼルだけが知っている内容が、二人の間で交わされる。
悔しげにニンジンをほおばると、突然ユリウスが噴出した。
「やあだ、ジェフが前妻と夫の会話を気にして不機嫌になる妻みたいな顔してるわよ!」
「やめろ!別に気にしていないし、俺は妻ではない」
「あらあ?甲斐甲斐しく夫の世話をする奥さんみたいなのにい」
「うるさい黙れ、俺はボスの右腕だ」
かっとなって声をあげると、ジゼルは鼻で笑った。
「女々しいぞー、ジェフ。なんならボスを嫁にしてやれ。もうじき18歳で成人だしな」
「「え」」
少々酔いの回ったらしいジゼルがとんでもないことを言いだした。
やれやれ、これだから酒癖の悪い中年は困る、と言いながらボスと顔を見合わせる。
が、内心彼女の本音を知りたい身としては、ジゼルに感謝していた。
息をつめてボスの反応を伺っていると、やがてため息交じりに口を開いた。
「ジゼル、私にも拒否権はあるからね?」
「あ、俺いまかなり傷つきました」
傷ついた俺の反応を見たボスは、含み笑いを浮かべたまま、今日も朝食を食べきった。