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死神とベル  作者: 白柴
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第0章:side-彼の言い訳

「ボス、おはようございます、朝ですよ。」


 黒いカーテンを開け、太陽光を取り入れる。

 愛しのボスは、寝苦しかったのか毛布を脇にどけ、ベッドの上で丸くなっていた。長く艶やかな黒髪がシーツの上に広がっている。

 光が顔に当たると、まつげを震わせながら眩しそうに顔をしかめる。


―ああ、これだから毎朝起こしに来るのがやめられない

 俺はにやけそうになる顔を必死でしかめ、再度声をかける。


「ボス、いい加減に起きて下さい。ボスが来ないとみんな朝食が食べられないんですよ!」


 ボスは呻きながら嫌々目を開け、ため息をつきながら体を起こした。


「だから、私を待ってないで、食べていいってば…」

「ダメですよ、朝食は幹部がそろって食べないと。色々連絡とかあるんですから」


 と、言うのは建前だった。皆、ボスの顔を見てからでないと仕事に行く気が無いだけだ。


 ボスはしぶしぶベッドから降り、あくびを噛み殺しながら洗面所に入っていった。

 その間、俺は今日のボスの服をコーディネートする。

 今日は殺しの予定はないので、スーツでなくて良い。午後に王家の使いが訪ねてくるので、少し気合の入ったワンピースにしよう。落ち着いた赤の緩やかなデザインのワンピース。胸の下で黒の帯が巻かれ、スカート部分にも黒い縦じまが入っている。髪型はワンピースに合わせ、ゆるく巻いておこう。

 今日もとびきり可愛くして見せる。


 ボスが洗面所から出てきた。


「今日はこちらを。背中のファスナーを閉める際は声をかけて下さい。」


 そう言ってワンピースを手渡し、後ろを向く。

 ボスの着替えを一からやっていたのは彼女が十歳まで。十七歳となった今ではこれが限界だ。

 そんなことを考えながら、ふと過去を懐かしむ。


 彼女と初めて出会った日。

 ボスは父親に護衛として引き渡された日が初対面だと思っているようだが、そうではない。もう少し前だ。


 自分がまだ、街で「死神」と呼ばれていた頃。

 俺は、今でも誰にも言っていないが、〝死ぬべき人間が分かる力〟を持っている。

 なぜかは知らないが、七歳の時、孤児院で初めてその力が分かった。

 園長の体から、腐った卵の匂いがしたのだ。それを告げると、優しい園長は笑いながら「おかしなことを言うもんじゃない」と言った。


 だが、その園長が子供を殺して食べる狂人だと分かったのはそれから三日後。

 たまたま、夜寝つけず、キッチンで水でも飲もうかと園長の部屋の前を通った。

 良く知った、遊び友達の声が聞こえた。でも、それは聞いたことのないような声で、一瞬で聞こえなくなった。不思議に思った俺は、園長の部屋をゆっくりと開けた。


 そこには、遊び友達が床に広げられたシーツの上で、腹を裂かれて死んでいた。

 園長は、そのでっぷりと太った体を小刻みにゆすりながらこちらに背を向け、友達の臓器を一心不乱に啜っていた。


 俺は、その瞬間ものすごく大きな声で叫んだ。

 孤児院中の子どもが起きだし、スタッフも駆けつけ、園長は王都へ連行され裁かれた。

 それから、色々な孤児院をたらい回しにされ、やがて園長の他にも腐った卵の匂いがする奴らを見つけ、その共通点を見つける。

 奴らは、死ぬべき人間なんだ、と。その匂いは、悪魔のものだ。腐った卵は硫黄の匂い、悪魔の匂い。俺は、そいつらを殺すことにした。


 はじめは、ただの正義感だったのかもしれない。

 だが、おかしなことに気が付いた。

 俺は、楽しんでいる。

 おかしい、そんなはずはないと思いながら、死ぬべき人間を殺すとき、不思議な高揚感に包まれていた。

―俺は、異常なのか

 そう思うと、なぜだか逆に気が楽になった。なんだ、認めてしまえばこんなものか。

 それから、俺は裏社会で“死神”と呼ばれるようになった。

 仮面をつけ、その下で笑いながら人を殺す死神。


 そんな時、その一家と出会った。

 彼らは、王家の掃除人と呼ばれる一族で、裏の人間を殺して掃除するという噂だった。俺は、あるレストランで給仕として働いていた。

 “死神”といっても、まっとうな仕事で金を稼ぎ、表向きは静かに暮らしていたのだ。死人を殺すときは黒い仮面を着けていたこともあり、素顔はそこそこ男前の一般人として通っていた。


 そんなレストランに、その一家はやってきた。

 二〇代の夫婦と小さな姉弟。彼らは一流の席に座り、高いコース料理を注文した。

 俺は、先輩が異様に緊張しているのを見て、代わりに給仕に向かった。

 そこで、夫婦から硫黄の匂いがするのに気が付いた。

―ああ、こんなに小さな子供がいるのに。こいつらもそうなのか

 その時は心底絶望したが、“王家の掃除人”など務めているのなら、このような匂いがするのもしかたないだろう。

 さて、いつ殺しに行こうかと思案している時、ふと別の香りが漂ってきた。

―なんだ、この匂い…甘い、柘榴に似ている

 その匂いの元をたどると、一人の少女と目が合った。

 少女は、真っ白い肌と黒い髪、黒い瞳をしていた。

 俺は不思議に思いつつも、香水か何かかと思い、その場は給仕を終えて下がった。

 だが、なぜか気になり、その後も家族の会話に耳を傾けていた。


「あら、このサラダ、新鮮でとってもおいしいわね!」

「本当だな。そこらの市場じゃ、買ってきてすぐ切ってもこれほど瑞々しくはないだろう」

「ぼく、おやさいはきらい…」


 口々に家族が前菜のサラダの感想を口にする中、黒髪の少女はトマトだけをもくもくと食べていた。


「おや、ベルはトマトがそんなに好きなのか?」


 父親が苦笑しながらそう聞くと、少女はコクリと頷く。


「だって、血の色だから」


 淡々と答えるその言葉を、家族は誰も気に留めない。


「そうか、そんなに赤が好きか」などと言っている。

 そういえば、彼女のドレスは真っ赤だ。

 黒い瞳には、トマトの赤い色だけが映し出される。 

 血のような、赤。

 俺は、その少女にくぎ付けになった。


 もっと知りたい。彼女はどこかおかしい、そんな直感がした。

 俺はすぐに“王家の掃除人”について調べ上げ、彼らが戦力を探していることを知ると、構成員として迎え入れられるために見つかりやすく派手に行動し、彼らのライバルを始末、わざと“弱味”を掴ませ、スカウトを受けた。


 色々と仕事をこなし、信用された頃、子供の世話が得意だと日々常々、当主を洗脳した結果、見事少女の護衛の座を得た。

 そうして少女―俺のボスの世話をしていくうち、この子から漂う柘榴の香りは香水などではなく、死人と同じ、にじみ出る何かであると分かった。


 そしてまた、彼女の違和感に触れる。

 一見、普通の少女だ。だが、ふとした瞬間にひどく残酷な面を見せる。ただの子どもの無邪気な残酷さではない。少女が生まれ持った何かだ。

 それが、どうしても気になった。

 俺は、彼女を試すことにした。


 嗅覚を頼りに死人を見つけ、彼女の目の前で人を殺す。

 その時の、彼女の笑顔。

 あれこそ、俺が見たかったものだった。

 狂人の浮かべるようなものでも恐怖による引きつったものでもなく、ただ、純粋な楽しさを感じている笑顔だった。


―ああ、これだ。なんて、きれいな表情だろう。

 俺は、心の底から彼女が愛おしくなった。

 俺はどこかで、人を殺して楽しむことに耐えられなくなっていた。

 だから、仲間を見つけて喜んだのだ。

 最低で、残酷で、醜悪な喜び。

 だが俺はその瞬間、なにかの歯車がかみ合ったように感じた。

 

 それから、俺は彼女に対して愛おしさを隠すことなく付き従うことにした。

 レオとかいう赤毛は計算外だったが、ボスに害をなさないのであればと断腸の思いで迎え入れた。

 当主ではなく、ボス自身に忠誠を誓う味方は、少しでもいた方が安心だ。


 ボスが十三歳、その弟ロベルトが十二歳になる頃、屋敷にはボスを始末しようとする動きが出始めていた。

 屋敷中に、硫黄の匂いが漂う。最もその匂いが強かったのはロベルトだ。

 彼は、姉を憎んでいた。

 彼にとって姉とは、自分の夢を壊し、劣等感を与える存在だったのだ。家族や構成員をそそのかし、ボスを始末しようとしていた。

 姉を異常だと罵るが、彼自身もおかしかった。

 研究のための解剖と称して、戯れに小動物を殺す。

 わずか十二歳の少年だったが、彼はとても頭がよかった。どうすれば父母が味方するか、どうすれば姉を孤立させられるか、その計算ができていたのだ。

 あの日の会合で、その話し合いをする予定だった。

 ボスの高熱は本当に偶然だが、もとよりボスは参加できない会合だった。


 そして、俺は裏切者になった。

 正確には主であるボスは裏切っていないが、その家族を始末した。

 あの時、ロベルトが彼女を突き飛ばした瞬間も見ていた。だから、襲撃者には右手を吹き飛ばしてから殺すように指示していた。

 ちなみに、襲撃者はみな死人だった。

 彼らの悪事を握って脅せば、快く協力してくれた。後に全員、土に還してしまったが。


 そうして、彼女とともに生き続けるために、俺は彼女の敵を殺すことにした。


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