プロローグ:彼らの仕事
時刻は夕暮れ時。
表道りは、家路を急ぐ一般市民であふれている。
しかしそこから少し離れれば、この国の街の空気は一変する。
黒塗りの車が2台、薄暗い路地裏に停車した。
その車から続々とスーツの男が降りてくる。
皆、帽子を目深にかぶり、その表情はうかがえない。
だが、共通しているのはその異様な緊張感だった。
いかにも裏の人間といった風体で、荒事には慣れていそうな者ばかりだが、彼らは何かに「怯えて」いた。
「おい、南の倉庫が襲撃された。またあいつらだ!」
小太りの男があたりを気にしながら、つい先ほど仕入れた情報を仲間に伝える。その額にはうっすらと脂汗が浮かんでいた。
「はあ?南って、あのアビゲイル達が詰めてたところだろ!まさか、全滅か?」
驚愕した仲間の問いに、小太り男は何度もうなずく。
「全滅の上、どの死体も原型なんかねえ!どれが誰だかもわかんねえ有様だとよ」
その惨状を想像したのか、周りの男たちは皆一様にどよめく。
身内で一番の武闘派がそんな末路をたどったとあれば、自分たちは立ち向かうことなど不可能だろう。
「だ、だから言ったんだ!いくらガキでも、あの女にゃ手ぇ出すべきじゃねえって!あいつら、揃いもそろって異常なんだよ!」
「何言ってやがる、真っ先に抗争吹っかけたのはてめえだろうが!」
「あ、あれはボスが決めたことだ!従うしかねえだろ!」
「おいおい、落ち着け!そのボスもどこにいるかわかんねえし…畜生、まずは体制を整えて―…」
「こんばんは、おじ様方」
男たちの怒号が飛び交う場に、軽やかな声と共に、一人の異様な少女が現れた。
男たちは息をのむ。
夕日の光を背に浴びた少女の左手には、自分たちのボスの頭が、無残な姿でぶら下がっていた。
「ひっ!」「ボスぅ!」「畜生!よくも…!」
「ああ、来た…。ついに来た。〝血塗れのベリー〟だ…」
男たちの反応に、細身のスーツを身にまとった少女は一瞬、怪訝そうな表情を浮かべる。
「血塗れのベリー?もしかして私のこと?だれが言い出したの、それ」
そしてクスクスと、可笑しそうに笑う少女。
だが、その口元を覆う右手には、まさしく「血塗れ」のナイフが一振り。
男たちは、その異様な少女に背筋を凍らせた。
「う、うるせえ!」
男の一人が、全身を恐怖で震わせながら懐の銃に手を伸ばす。
パンッ!
銃を取り出そうとしていた男は、どこからか飛んできた銃弾を眉間に浴び、頭の中身を仲間にまき散らしながら倒れた。
少女の背後には、いつの間にかスーツを纏った茶髪の青年が寄り添うように立っている。
彼の手には煙のくすぶる拳銃が握られていた。
青年はその銃を下すと、横の少女に緊張感のない笑顔を向け、明るい声で話しかけた。
「ああ、ボス、良かったですね!通り名がつけば、立派な裏社会人ですよ。記念に今日の夕飯は俺が腕によりをかけて、ボスの大好きなドリアを作りますね」
「やった!でも、〝血塗れのベリー″か…なんかぬるぬるしてそうでやだなぁ。〝レッドガール・ベル″は?こっちのほうがカッコ良くない?」
「いや、血に塗れてた方が格好いいです」
何事もなかったかのように気の抜ける会話をする二人が、男達にはまた恐怖をあおる要素にしかならない。
「う、撃て!」
仲間が目の前で無残な死を遂げたことに理性など無くした男たちは、いっせいに銃を取り出し、二人に向けた。
二人は素早く横の壁に隠れ、第一撃を除けると、そろってため息をついた。
「まったく、せっかちだなぁ。そう死に急がなくてもいいのにね。まあ、早くドリア食べたいし。援護よろしくね、ジェフ」
「はい、ボス」
少女は左手に持っていた中年の頭部を投げ出し、きらめくナイフを手に、男たちの中に笑いながら飛び込んでいった。