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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
一章 遺骨ペンダント
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八話『警察(警察だとは言っていない)』

「そうとしか考えられないな」


 ファイルから出した添田一郎の依頼レポートを指先でたたき、所長は頷いた。


添田一郎こいつが死んだことによって――いや、彼に限った話ではない。誰かが死ねば利益不利益が出てくる人間がいるはずだ。それがさらに特殊になっている」


 ひとつあげれば彼は高利貸しだった。

 身内だとしたらある程度の遺産は期待できるだろう。

 それ以外の人なら、彼に借りていた借金が帳消しにできるかもしれない。

 …彼の死を喜ぶひとは少なからずいたはずだ。


「死んだことを喜ばれる人間にはなりたくないものだね~…」


 所長の話を聞いて百子さんは僅かに目を伏せる。なんだろう。

 さすがにずけずけと聞くことはできないので悶々とするはめになる。百子さんは死んで喜ばれるような人だとは思わないんだけどなぁ。


「ま、どこにでも憎まれ役はいるさ。さて次のステージだ。添田一郎のトリガーとこのペンダントにどういう関係があるのか、それを考えていかなければならん」

「その前に」


 咲夜さんが事務所の出入り口を指さした。


「誰か来るようですよ」


 耳をすませば確かに階下で話声がする。

 もしかしたら骨董屋関係の客なのではないかと姫香さんを見たが彼女は首をかしげただけだった。


 というか今いうことじゃないんだろうけど一階放置して大丈夫なんだろうか。

 所長は訝しげな表情をしてドアを数秒眺めた後に僕らを一瞥した。


「依頼人が来るなんて聞いてねえ。飛び入りか…? 」

「どうする~?」

「録音機をしかけといてくれ。んで、いつもどおり同席」

「はーい」

「ヒメも普段どおり応対を」

「……」

「サクは昨日のこともある。一応隠れろ」

「はい」

「ヨヅルはどうでもいいや」

「おーい」


 そこだけ指示が投げやりなのはどうしてだ。

 どうでもいいと言われてもそれが一番困るんだけど。

 確かにお話し向きな頭脳もないし話し上手でもないけどさ。

 咲夜さんはさっさとデスクの下に隠れてしまったし、扱いも分からない機械を壊すわけにもいかないし。

 どうしようと悩んでいるとドアのそばに立った姫香さんが給湯室を指さした。…お茶くみでもやっていろってことか。分かりました。


 ゴンゴンと外付け階段が固い足底で踏まれる音がここからでも聞こえる。

 どうやら足音的に二人ほど。他の探偵事務所は分からないけど、面接に来る依頼者はいつも一人か二人だ。

 安っぽい音色のブザーが鳴らされる。

 給湯室から伺っていると、ここからは見えないが所長が姫香さんに合図を送ったようだ。

 ノブに手を伸ばし、ゆっくりと開ける。


「うわ」


 声を上げたのは向こうの人だ。

 そりゃ探偵事務所を開けたら150センチぐらいしかない真っ黒なゴスロリを着た少女が待ち受けていたなんて普通驚くだろう。

 黒いスーツを着ている。特別珍しいスーツでもないはずだが、大の大人が二人そろってスーツを着て入口に立っていれば威圧感がびんびんに来る。

 どうやら一番偉い人が手帳を取り出して姫香さんに見せる。


「警察の方から(・・・)来ました」

「……」


 動じた様子もなく手帳と彼らを見比べて、無言で奥へと促すように手を伸ばした。

 ペースを崩されて彼らは互いに顔を見合わせていたが、逆に不審だと思われると危惧したのだろう。いつも面接スペースとして使っている仕切りで区切られた空間へ入っていく。

 紫のネクタイをした部下らしき人と目があった。ぱっと顔を背けられたがあれはただ落ち着きがないだけじゃなさそうだな。

 部屋の家具の配置、調度品、それぞれを舐めるように見る癖が普段からあるなら仕方ないけど、さ。

 こちらからすれば、すでにどうしようもないぐらい不審なんだけどね。

 役目を終えた姫香さんはずいずいと僕のところへ――いや、給湯室へ来た。


「お茶」


 一応出すつもりらしい。

 もたもたする僕に変わり手早く急須にお茶っ葉を入れ、保温状態のポッドからお湯を注ぎ入れる。そして四人分(所長と百子さんの分も含めて)入れるとお盆に載せた。


「あの、僕が持っていきます」

「そう」


 お盆を一度降ろすと、姫香さんは背伸びして僕の耳元に唇を近づける。

 え、え、え。なんだ。なにがおこるんだ。

 勝手に心拍数を爆上げしていると姫香さんは静かに囁いた。


「紫、ネクタイ。手の動き、見て」



 お盆を持って応接室のように区切られたスペースに行くとテーブルを挟んで所長と百子さん、対面には二人組がそれぞれソファに座っていた。

 こっそりと紫色のネクタイを探す。さっきのきょろきょろしていた人だ。あの人に何かあるのかな。

 一方、にっこにっこと気持ち悪い笑みを浮かべながら所長は相手の出方を伺っていた。


「あの…お茶です」

「ありがとう~。そこ置いといて」

「いえ、僕やりますよ」


 一瞬百子さんの目が鋭くなった。そんな気遣い今はいらないぞというかのようだ。

 視線を給湯室の方へ向ける。伝わってくれ。


「そっか~。よろしくね」


 良かった。伝わったみたいだ。むしろどうして伝わったんだろうな。

 お茶を配りつつ紫ネクタイを観察する。


「それで、何の御用でしょうか。脱税はしていないつもりだったんですがね」


 笑みを崩さないまま、所長はあくまでも自分のペースを乱さずちゃかすように返答をする。

 一番偉そうな人は胸元から一枚の写真を取り出した。家族写真みたいだ。


「昨日、こちらにこのような女性が来ませんでしたか?」


 くるりと女性の顔を指で囲った。

 難しい顔で二人は写真を眺める。


 その時、紫ネクタイの人の手が動いた。

 まるで僕らの視線が他所へ行くのを待っていたように。

 ばれないように横目だけで伺っていると、何かを握りこんでいた手をソファのマットの隙間にねじ込んだ。

 これは…。



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