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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
一章 遺骨ペンダント
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七話『引き金』

 所長は僕の表情から大体察したらしい。


「このひとは昨日のじゃないかって思っているんだな?」

「…はい」

「ヒメも同じ人物ではないかと言っている。無関係な女性って可能性もあり得るが、タイミングが良すぎる」


 本当にあの人がどうか、きちんと報告されるまでは分からない。

 だけど、なんとなく彼女だろうという確信は持っていた。

 ――あの時までは生きていたのに。息をして、喋って、動いていたのに。

 きっと発見されたときにはそれらは全て永久に失われていた。

 僕は――


めておけばよかったのかな…」


 無意識に呟いていた言葉に対し、姫香さんは首を横に振った。


「責任、感じる必要、ない」

「でも」


 あそこで止めていればきっと今も死んでいなかったはずだ。

 テレビから目を離して所長が僕たちを見た。


「そうだな。ツルは追いかけようとした、だけどヒメはそれを止めた。責任があるならそれはヒメだ」

「そんなこと……」

「いつまでもグダグダ考えるな。終わっちまったもんは仕方ねーんだ」

「……」

「不謹慎だが、死体は彼女であったと仮定しよう。で? あんたが反省すれば、ヒメが謝れば、彼女は生き返るのか?」

「それはないと、思いますけど…」


 死んだ人間は何しても蘇らない。

 誰だって知っていることだ。


「そうだ。なんもトリックもない、死ねば終わりだ」


 またそう簡単に。

 だが言葉とは裏腹に所長は長く息を吐きながら天井を仰いだ。つられて上を見るが、黄ばんだ何の変哲もない板しかない。


「…それより、ヤバいことになってきたと思うがね」

「ヤバいこと?」


 意を汲んだらしく咲夜さんが所長の話を引き継ぐ。

 仲が悪い癖にそういうよくわからないところの意思疎通は出来ているんだよな。似た者同士の同族嫌悪だろう。


「昨日、女性はどんなことを言っていましたか?」

「え? ええと、『鍵を預かってくれ』とかそれと『遠くへ行く』とか――」

「『遠く』ね~。もうどんな意味なのかは本人しか知らないだろうけど…」


 百子さんは腕を組み、姫香さんはわずかに目を細めた。


「思ったより早く、事態は巻き戻せないところまできたってことだ」

「どうする、ケンちゃん?」

「金にもならねえ、時間も食う、オマケに血なまぐさくなってきやがった」


 所長はニヤリと笑う。


「やるしかねえだろ」


 だろうな。

 僕も引き下がる気持ちではなかった。


「あのね」


 百子さんがニュースから目を離して人指し指をくるくると回した。


「昨日調べたらね、昨日は添田一郎の葬式だったんだ~」

「え、それじゃあの喪服は」

「うん、彼の葬式のために着たものだろうね。ペンダントが遺骨ペンダントだとして、中身は『添田一郎のものではない』となる。

 なにより綺麗に手入れはされているけど新しいものではない」

「旦那じゃなければ誰なんだ? ペットとか――」

「娘」


 百子さんは短く告げた。スイッチが入ったのか、間延びした話し方ではなくなっている。

 僕たちの視線は彼女へ集まった。


「添田正子という少女が、数年前に不慮の事故で死んでいる。現存するものでもごくごく小さい記事――それこそネットの海でようやく掬えた情報」


 人の死など、すぐに風化する。百子さんは小さく付け足した。


「…だいたいそういうのって『誰々の娘』だとか出ますよね。そういうことは――」

「さっきゅんの言うとおり。あったよ。ほら、これ」


 すでにプリントアウトしておいたみたいだ。渡された紙には本当に短い文章で一人の少女の死がつづられていた。


《自営業の添田一郎さん(56)の娘の正子さん(11)が、飲酒運転に巻き込まれなくなった。――……》


 正子ちゃんの死は、失礼だけど今回深くは関わってこないだろう。

 ならもっと早くから事態は進行していたはずで。


 彼女の骨は、彼女が入ったペンダントは確かに大事だ。

 だけど真に話の中心となっているわけではない。

 中心はもっと別のところ――


「仮定で話すぞ」


 所長はそう前置きした。


「添田の妻が、娘の入った遺骨ペンダントをロッカーに入れ、さらには俺たちに息子へ託すよう頼み、翌日彼女が死んだこと。これについて、なにか思うところは?」


 何かつながりがあるのか? もちろんあるだろう。

 そう、今さっきまで話していたじゃないか。


 僕は無意識に口に出していた。


「これは…この一連の流れは添田一郎の死がトリガーになった?」

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