六話『緩く推理をしよう』
咲夜さんがあとでちゃんとナンバープレートを付けるということでその場は収まった。
いやでもびっくりだよ。ばれたくないからそれごと外すっていう発想が。
「しっかしまあ、興味深いことになってきたな」
落ち着きを取り戻した所長は椅子に深く腰掛けながらつぶやいた。
「興味、深い?」
姫香さんが聞きかえす。
「考えてもみろよ。大前提として、この中身が骨かどうかは知らないがーーそれでも、どうして大切であろうアクセサリーをロッカーに預けた上、その鍵を知ってはいたとはいえ辺鄙な探偵事務所に預けたのか?」
辺鄙って。自分で言うか、それ。
「さて諸君、君たちの推理能力が試されるぞ」
芝居がかった話し方で、おおげさな身振りをしてペンダントを指さした。
遺骨が本当に入っていたなら雑には扱えないと、箱に柔らかい布をひいて丁重に入れてある。なんか漫画でよく見る迷い猫を保護しているような感じだった。
「マジで捨ててしまいたいのならば海にでも山にでも捨て置けばいい。だが、彼女はそれをしなかった。なぜか? はいサク」
「いきなり私ですか。ええと、遺産相続かなにかの重要な鍵になっているから一時的に遠ざけたかった…?」
「ふむ、なかなか。はいモモ」
「ずばり、そのペンダントが大事なスイッチ替わりになっているから! あとで必要になるんだよそれは!」
「なるほど、そっちは物理的な鍵か。ヒメは?」
「それ、手に入れるまで、時間、遅らせる、している」
「時間制限ありってやつか。これで全部だな。ちなみに俺は『さすがに捨てるのに良心が痛んだ』で」
「えっ、待ってくださいよ。僕は?」
「……じゃあツル」
「なんでしぶしぶ何ですか。いいでしょう、ぎゃふんと言わせてやりますよ」
「はいはいぎゃふん」「ぎゃふ~ん」「…ぎゃふん」「ぎゃふん」
おっ、みんなして煽ってくるな。
「誰の手に渡ったか分からなくするため!」
「ほお、お前にしてはいい推理じゃねえか」
褒められた。
たとえばあの女性一人しかいないのなら、必然的にもっているのは女性その人だけになるが、五人いる探偵事務所が関わるとどうなる?
誰が持っているのか予想がしにくくなる。まあ、所長が持っている可能性が高いのかもしれないけど。いわば社長のような立場だし。
あ、女性で思い出した。
「あの人は大丈夫なんでしょうかね…。なんだか死地にでも行くみたいな勢いでしたが」
「そうなんじゃねえの。自分がどうかなるって分かっていたからこそ、この行為じゃないのか?」
くつくつと嗤う所長。
「まあ、この件が俺たちに関わるかどうかは知らんが――その時は面白くなりそうだ」
…本当に他人や自分の命がかかわっていると、とても楽しそうな人だな。
何も言えない僕たちの横で、姫香さんだけはただ静かに頷き同意を示した。
それからは所長はファイルを手繰っていたり、百子さんは発展は無いかずっと待っていたけれど、終業時間まではいつもどおりの暇な事務所だった。
○
翌朝。
僕がいつも通りに出勤するとすでに他のメンバーは集まっていた。
すわ遅刻かと思って時計を見たがいつもと変わりがない。
「おはようございます。どうしたんですか?」
「ああ、夜弦さん。おはようございます」
食い入るようにテレビを見ていた咲夜さんが振り返った。
「今朝のニュースを見て慌てて来たんですよ」
「ニュース? 何があったんですか?」
僕の疑問に姫香さんがテレビを指さす。見たほうが早いってことか。
女性キャスターが深刻な顔をして原稿を読み上げている。
『――今朝五時ごろ、女性が川で倒れているとの通報がありました。――女性は川に転落し死亡したとみられており――警察では現在事故と事件両方を――身元の確認を急いでいます――』
映し出された川は、このあたりに近いところだ。
昨日のアレで今日のコレ。関連性を疑ってしまう。いや、疑うなんてものじゃない。
根拠はないけど確信していた。
あの女性は、死んでしまった。