四話『遺骨ペンダント』
書類を読み込み始めた所長を助けるように姫香さんの指が音もなく紙の上に降り立った。
そして一文をスススとなぞっていく。
「サンキュ、ヒメ」
まさに探していたところだったのだろう。所長は顔を上げないまま言い、姫香さんもただ頷くだけだった。
だけど二人にはそれで十分だということだ。
「『依頼内容:最近家の周りを監視する人間がいるとのこと。警察には連絡済みだが効果なし。突き止めてほしい』。ああ、馬鹿みたいに寒い夜に張り込んだな懐かしい」
「…その~、言いにくいんだけど、この依頼妄想オチじゃなくて?」
「それも考えたがちょうど金がカツカツの時期でな…いい契約内容だったし、一応受けたんだよ」
二人しかいない探偵事務所なんてめったに頼もうと思わないもんな。
他では取り合ってもらえなかったからここまで流れ着いてきた可能性もある。
「で? どうだったんですか」
「とっ捕まえた。家宅侵入ってことで依頼者が警察に引き渡して、その後は知らん」
「どうして監視するのかとか聞かなかったんですか?」
「そりゃあ警察の仕事だ。そん時の俺は全然興味なかったからな」
言われてみればそうだな。探偵の仕事じゃない。
百子さんは顎に指を添えて何事か考え、纏まったのか口を開いた。
「今回その監視していた人たち、ないしその親分が関係している可能性も…?」
「なくは、ない。でも判断材料が少なすぎる。進展を待たないと、行き詰まりだ」
となるとあとは咲夜さん待ちということか。
それから一時間後。
「ただいま帰りました」
ヘルメットを着けたまま、咲夜さんは事務所の扉を開けた。
着ていた上着のジッパーを下ろしながら茶封筒を出迎えに立った姫香さんに渡した。
「遅かったな。中身は?」
所長の問いに前原さんは首を振る。
心なしか苛ついているようですらあった。
「知りません。本当はその場で見たかったのですが、少々トラブルが」
「トラブル~? さっきゅん大丈夫なの?」
「私には問題はありません。コンビニには寄れませんでしたが。…何を優先させますか?」
「どうせそのトラブルもこの封筒絡みなんだろう?」
「残念ながらその通りです」
「じゃあこれからいこう」
言うが早いが、所長は何のためらいもなく封筒をペーパーナイフで切って逆さまにした。
それは金色の輝きを放ちながら所長の手へ落ちた。
「なんだこれは」
「アロマ……いや…ペンダント…なんだろうけど…」
ハンカチでチェーンを摘まみまじまじと眺めながら百子さんは難しい顔でつぶやく。
なにやら思い出そうとしているようだ。
「んん~、なんだっけ? えっと…。あ! 遺骨ペンダントだね~」
すっきりしたのか上機嫌に笑った。
逆に僕たちは困惑の谷に突き落とされてしまったわけだが。
「…名前だけで大体予想はつきますけど、なんすかそれ」
「ん、ちょっと待って。…はい、これだよ~」
ペンダント…遺骨ペンダントをハンカチごと所長に押し付けると、手早くスマートフォンで検索して、僕らを手招きする。
画面には小奇麗なホームページが表示されていた。
「……へえ」
スクロールしていくと小さな円柱や、可愛らしいデザインのペンダントの写真が並んでいる。
アクセサリーショップサイトと言われても違和感がないぐらいだ。
僕の肩越しに姫香さんと咲夜さんも興味深げに眺めていた。
「百子さん、これどうして遺骨ペンダントだと分かったんですか?」
「ん? 簡単だよ~。ほら、ここにふたがあるじゃない」
「ありますね」
でも潰れているようにも見える。ふたを開けるのは無理か、相当な困難だろう。
「当然あくでしょ?」
「ふたがあればあくでしょうね」
「ここから骨を入れるの~。アロマペンダントは小窓がついてるけど、これはついてないからもしかしてなーって」
「え!? 骨入るんですか!? こんな小さいのに!?」
「…いや、そのまま丸ごと入れるわけじゃないからな。粉々にしたものを入れるんだ」
所長が呆れかえって補足してきた。…冷静に考えればそうだよな。
僕はいったい何を勘違いしていたんだ。
「今どき遺骨をダイヤモンドにするっていうのもあるし、あんまり珍しくはないと思うよ~」
「ほー。なんだか技術が予想だにしない方向に発展してんな」
「宝石になるんですか…」
なんだか不思議な気分になる。
所長は感心していて、咲夜さんは微妙そうな顔で説明を聞いていた。
どうやら僕が記憶喪失だから考えが古いわけではなく、まだ時代が追いついていない類のものなのだろう。良かった。
もしくはマクガフィン