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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
二章 スナッフムービー
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二話『殺人動画』

※グロ注意

※胸糞多分注意

「おかえりなさい。仕事と言ってましたが」

「おう。厄介な仕事でな。こればっかりは意見を聞いたほうが良いと思って」

「どうしたものかな~。人情としては受けてあげたいけどさ~」


 むせている僕を横目に会話が進んでいく。

 この世は無情か。

 姫香さんは梅コーラを発見するとそっと距離を取った。危機察知能力が働いたようだ。

 

  話に交わろうにも口の中が大混乱状態なので流し場に行って口をすすぐ。

 少しはマシになったかな。

 鼻腔にわだかまる臭いだけはしばらく消えそうもないけど。


 戻ると、所長はカバンの中から銀盤を取り出しているところだった。自宅でダビングする用のものらしい。

 それを電源を入れたDVDプレイヤーに押し込む。すぐに再生準備が始まった。

 青い画面が事務所を淡く照らし出す。ボリュームをぎりぎりまで下げた。


 仕事だっていうから銀盤は依頼人クライアントのものだろうか。

 依頼人が取り付けたカメラの動画を預かってきたのかもしれない。

 所長はテレビの横に、僕と咲夜さんは自分の席に、姫香さんは所長の机に腰かける。そして行儀悪いと怒られている。いつも通りだ。

 だが一人だけ違う行動を取る人がいた。


「百子さん?」


 気がつけば彼女だけ扉にUターンしていた。

 呼び止めると振り返ってすまなそうな顔で肩をすくめる。


「下でお店番してるよ。終わったら呼んで~」

「ああ」


 答えたのは所長だった。

 そういえば、いつもならさっさと再生を始めているのに、まだ待機画面だ。

 百子さんが階段を下りる音が完全に消えてから所長は口を開いた。


「モモは駄目なんだよ、こういうのが」


 わざわざ口に出さないまでも、僕の表情で言わんとすることは分かったらしい。


「駄目?」

「そうだ。…ああ、なんか大丈夫な気がしていたから聞いてなかったな。グロ耐性ないならやめとけよ、これから見るのはスプラッタだ」


 一回目はほとんど背景情報なしで、まずは見せる所長にしては珍しいことだった。

 そういえばいつものニヤニヤ笑いがなりを潜めていた。


「スプラッタって…映画でも見るんですか?」

「違う」


 所長は神妙な表情のまま続けた。


「本物の人間の解体ショーだ」





 無機質なコンクリートの壁。

 エックス型の磔台に拘束されている全裸の女性。

 目立つ傷は無いが、顔は青ざめて過呼吸気味だ。


『自己紹介お願いしまーす』


 フレーム外から男の声が入る。

 まるで、この動画自体がたちの悪い冗談のように軽い口調だった。


『……あ、…』


 律儀に何かを言いかけるが、ぱくぱくと口が動くだけで声は出ない。

 ――このカメラの後ろに何があるのか。


『ちゃんと練習しまちたよねー。ほら、早く』


 他に何人かいるらしい。

 こそこそと笑い声が入った。


 女性は口の中を切ったか端から血を滴らせた。

 ひゅ、と大きく息を吸い、


『やだぁっ! やだ、やだやだぁぁ! 助けて! 死にたくないッ!!』


 泣き叫んだ。ガチャガチャと拘束具を揺り動かし、戒めから脱しようとする。

 効果は無い。恐らくは、意味もない行為でもある。

 そこを抜け出したとしてーー助かるのか。


 ため息と、より一層大きくなる笑い声。

 ひょいと画面端から黒ずくめの人間が出て来た。顔は布をすっかりかぶっており、体系もごまかしているのかあちこち不自然なふくらみが出来ていた。

 うやうやしくカメラ目線でお辞儀をして見せる


『それではわたくしが代わりに紹介しましょう。三原志ちきこ。二十六、いい時期ですねー』


 男の声だ。最初の声とおなじ。

 画面外から別の手が伸びてきた。握られているのは、赤茶けている錆びた包丁。

 それを受け取り、飄々とした態度で男は弄ぶ。

 後ろで女性がひたすら叫んでいるがまったく気にしていないようだった。むしろ、わざとそうさせているのかもしれない。


『公務員だっけ? いいお仕事だねー。こういう研修はした? まさかねー。してないか』


 スーッと引っ掻くように首筋から乳房まで切っ先を滑らせる。

 赤い線が浮き上がっていく。


『うわぁぁああっ! いやだぁっ! やだぁ!』

『やっぱり元気なのが一番ですねー。 では、声が枯れちゃう前にやっちゃいましょうか!』


 包丁を握り直し、躊躇わずに腹を横に引き裂いた。

 一拍置いてどっと血が溢れる。


「うぎいいィィィィいやああアアアア!!」


 絶叫を上げながら泡を吹いた。

 ガタガタと激しく揺れ動く。その度に血が溢れていく。

 もはや下半身は真っ赤に濡れそぼっていた。


 男は気にせずに身体へ刃を滑らせていく。

 左胸に刃でハートを描いた。

 首元を切るそぶりをしたかと見せれば、耳たぶを切り取る。

 反応が鈍くなれば太ももの内側を削ぐ。


 まるで流れ作業だ。

 おもちゃを壊すような手軽さで、人体を壊していく。


 男が腰に下げていたゴム手袋をつけ――血を浴びているはずだが、黒い服を着ているために目立たない――切れ間から手を突っ込んだ。

 そして慣れた手つきでズルリと何か――袋のような内臓が引きずり出された。付着する白いものは脂肪だろう。


 胃かな。


 一層高まる笑い声と共にそれは握りつぶされる。

 ぼたぼたと大粒の血が床へ降り注いだ。







「子宮ですか、悪趣味な」


 咲夜さんが平坦な声音で呟いた。

 同時にぼんやりと見ていた所長ははっとして電源ごと消した。


 悲鳴も、笑い声も、すべてが失せた。

 だが残滓がまだ事務所の隅に残っているような気がする。


「悪い、早めに切り上げておけばよかった」

「いえ」

「ヒメ、気分は」


 姫香さんも首を振る。

 口元を覆っているが本当に大丈夫なのかな。


「ツルは?」

「特に変わりないです」


 胸糞は悪かったが、それだけだ。

 強いて言えば女性の悲鳴がキンキンと耳の中に響いているぐらい。

 それ以外は、特に。

 気分が悪くなったとか、興奮したとか、強い怒りに襲われているわけでもない。

 痛いのは・・・・女性であって・・・・・・僕ではないし・・・・・・

 さすがにこんなこと言ったら白い目で見られるに決まってるから表には出さないけど。


「しかし、穏やかじゃないですね。これはいったい何ですか?」


 瞼に残る赤をパチパチと瞬きして追い払いながら僕は聞く。

 咲夜さんは足を組んで何も映らないテレビを睨み、姫香さんは俯いた。表情は、分からない。




「見ての通り、殺人愛好家のための殺人動画スナッフムービーだ」




 …それは、また。

 結構な趣味をお持ちの方がいるようで。



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