二十一話『後日談』
それから三日後。
「添田信二郎は誘拐罪や監禁罪で無事逮捕」
「ふむふむ」
「で、今回の計画に加担していた一部は部下。あのスーツコンビかな~。あとはなんだったんだろう。雇ったのかな」
「でも逮捕されたんですよね?」
「されたよ~」
「そんで、添田聖子。あの女性ね。あの人は自殺だってことで終わった」
「自殺っすか…」
確かにそんなこと添田信二郎も言ってたけどさ。
――所長の言葉を借りるなら『終わったものは仕方ない』だ。
無事に添田君も取り戻せて、ペンダントも守れて、それでよかったじゃないか。
事件が終わったその日は取り調べをして、もうめんどくさいからということで休業。
次の日は百子さんが隠蔽工作が『心配だから手を加えてくる』(怖い)と休んでおり、三日目の今日になってようやく事件の報告がなされていた。
「現場に出てない分頑張ったんだからね~」
本当に、うまいこと隠蔽はされたらしく繰り返しTVで流れている事件のあらましには僕たちは一切出てこなかった。
こうして裏社会は出来上がっていくのである。
…百子さんに逆らったら存在ごと消されてしまうんじゃないのか。気を付けておこう。
あらかた報告が終わったころ、所長が時計を見やって「そろそろか」とつぶやいた。
「誰か来るんですか? 雨でも降るかもしれませんね」
「サク、呼吸するように煽るのはやめろ」
「本当のことだしね~」
「毎日じゃんじゃん来たらこっちの身が持たないわ!」
「駄目だこの事務所」
僕たちのバカ話から一人抜け出して、姫香さんは出入り口のドアを開けた。ちなみにゴスロリ姿だ。
「あっ…おひさしぶりです。お忙しかったですか?」
添田君だった。
「一度アメリカに戻って休学手続きしようかと。こっち、けっこう後処理に手間がかかりそうなものが多いので」
その前にあいさつしに来てくれたというわけだ。
律儀な人である。
「大変だな」
「でも祖父母が手伝ってくれているから助かっています。…ちゃんとまともな人たちですよ」
わざわざ説明いれなくても。
それまで明るく話していた添田君だったが、ふっとその顔に影がかかる。
「……母も父も一気に失って、これからどうしようかもまだ迷っているんですけど」
「……」
「……」
「でも、何の依頼もしていないのに助けに来てくれた人たちがいたって思うと、頑張れるかもしれません」
「おう、それが城野探偵事務所だからな」
この事務所は問題のある人間しかいないのだがいいのだろうか。添田君には強く生きてもらいたいところである。
話が途切れたところで僕はあの時聞けなかったことを質問した。
「ミニカーあったけど、あれはなんだったの?」
アタッシュケースの中身の話だ。あとは添田君がスムーズに遺産を受け取れるようにした書類と、彼にあてた手紙が入っていた。
僕たちはいずれの中身も見ていないが、添田君が涙ぐんでいたところから察するに親らしいことでも書いてあったのではないだろうか。さすがに酷い性癖暴露などではないと思う。
「あのミニカーですか。僕が小さいころ欲しがったものなんです」
「へえ」
「買ったはいいものの、渡す機会がなかったんでしょうね。父が」
仲が悪そうだと思っていたけど、どこかでは気にしていたのかもしれない。
死んでからやっと僅かな気遣いが分かることもあるか。
でもまあ、何を思うかは添田君の勝手だ。恨んでも、寂しくても、それは僕たちの領域じゃない。
「あと、これが本題です。僕と…母の、お世話になった分です。受け取ってください」
取り出したのは小切手だった。
ひょいと受け取り、記された数字を見るや否や所長は盛大にせき込んだ。
「おまっ…! ガキが無理してんじゃねえよ」
「無理してませんよ。ちゃんと計算してますし、そのぐらい払わないと申し訳ない」
「ありがたいんだけど…ありがたいんだけど、いいのかこれ」
「ここのみなさんは、それぐらいのことをしてくれましたから」
ごめん。僕は最初君の母親を突っぱねようとしてました。
姫香さんが鍵を受け取らなければ、きっとこんな終わりはなかったんだな。
そっと彼女を見てみれば相変わらずの無表情でやり取りを眺めていた。
「それでは時間がおしているので。ありがとうございました」
「あ、最後に。ペンダントってどうなったんだ?」
「ここに」
添田君は胸元を触った。
「僕もひとりぼっちですから。しばらくは妹に付き合ってもらいます」
そうだな、と所長は頷いた。
深々と僕たちに礼をすると、添田君は出ていった。
「飯でも食いに行くか」
所長が小切手を折らない様に慎重にファイルにしまう。
「いくらだったの~?」
「今日はおごりだぞー。いいから用意しろー」
すごいはぐらかしだった。
所長にまとわりつく百子さんと、それをため息まじりに見守る咲夜さん。
いつも通りの日常だなぁと実感する。
たった二日間の出来事だけどめまぐるしく様々なことが僕のそばを通り過ぎていった。
今度、川に花を供えに行こうか。何の意味もない行為だとしても。
「ツル、置いてくぞ」
気がつけばみんな外出の準備を終えている。なんだこの早さは。
おごりに貪欲すぎるぞ。
「待ってくださいよ」
姫香さんは事務所の鍵を手にしている。戸締りをしてくれるようだ。
早く来い、というように姫香さんは僕を見上げた。
その瞳に覗き込まれたとき、ちりちりとこめかみが痛んだが僕は気づかないふりをした。
一章「アンティーク姫と遺骨ペンダント」了