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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
一章 遺骨ペンダント
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二十話『ひらかれたもの』

 事務室に入ると、寂れた机に添田君(本物)が縛りつけられていた。

 まずは生きていたことに安堵する。

 見張りはいなかった。ちょっと考えが足りないんじゃないの。その場勝負で生きているというか。だから倒産したのでは。

 添田君は疲弊した顔をあげて、見覚えのある所長(バカ)を目に入れると表情を明るくした。


「無事で何より」

「ああ…ご迷惑おかけしました」

「そんなに難しい仕事でも無かったさ」


 お、かっこつけているな。案内人の手を踏んだり、所員(ぼく)をハッタリで売りつけていないって顔をしているぞ。

 咲夜さんが先ほどの大ぶりなナイフとは違う、小さめのギザギザしたナイフで縄を断ち切った。この人何本持っているんだろう。


「顔が腫れていますね。なにかされましたか」

「電話の後になんか突然殴って来て…」


 みんなで所長を見た。

 所長は光の速さで明後日の方向を向いた。


 どうみても挑発のせいですよね。

 さすがにそんなことを言うのははばかれたので話題を変える。


「でもよかった。殺されなくて」

「これのおかげですね」


 添田君は手のひらを見せる。


「昔、なんでだか指紋を取らされたんですけど。まさかこのためとは」

「指紋?」

「それです」


 添田君は立ち上がろうとしてよろめいたので支える。ずっと地べたに座る体制だったなら足がしびれていたりもするだろう。

 礼を言って、添田君は部屋の隅にあるアタッシュケースを指さした。

 …アタッシュケースにしてはなんだかごてごてとしているな。


「生きている人間の指紋を鍵とするんです」

「ほお。金庫なら聞いたことあるが…」

「それと、穴が開いているでしょう。そこに――遺骨ペンダントをはめるみたいです」

「じゃあ良いところまでは行ったんだね」


 でも実際に添田君に渡されたのは安物のIDストラップだった。

 開けられるはずもないだろう。


「そうです。あいにく、不発で終わりましたが」


 笑って見せるけど、内心穏やかじゃないだろう。

 叔父が裏切ったわけだし、下手をすれば母親の死も知らされているかもしれない。

 生体認証がなければ殺されていてもおかしくなかった。

 どれほどのショックが渦巻いていることか。

 だけど僕はそれをフォローできないし、慰めもできない。

 一日そこらで出会った人間には荷が重すぎることだ。良かれと思っても逆効果になることだってある。


 姫香さんはおもむろに自分の首の後ろに手を回しペンダントを外した。

 そして添田君の手に握らせる。


「これを」


 懐中電灯に照らされ、それは金色に光った。

 なにかデジャヴを感じると思ったら姫香さんが添田君の母親から鍵をもらった時と同じだ。


「ここで開けるか? 俺たちは出ていこうか」

「いえ…一人じゃなんとなく怖いので、見ていてくれませんか」


 僕たちが頷くと、添田君は僕の支えから抜け出してゆっくりとアタッシュケースに向かっていく。


 ゆっくりと妹の入った遺骨ペンダントをはめた。かちりと小さな音がする。

 恐る恐る人差し指を認証盤へ乗せた。さっきは強制的に、いまは自分の意思で。


 一拍。


 ピ、と電子音と共にロックが外れる。

 ケースの両サイドに手を添えて添田君はゆっくりと開いた。



 中に入っていたものは、書類の束と、茶封筒と、開封されていないミニカーだった。




 所長がもう安全だと伝えたために、すでにワンボックスカーが到着していた。

 百子さんが車から降り、まずアタッシュケースを抱える添田君を見て満足げに頷いた。


「うまくいったんだね」

「おうよ」

「あたしの情報は役に立った~? まあ、できても動揺させるぐらいだろうけど」

「おかげさまで僕が大変なことになりました」

「なんで?」


 答えようとしたら所長に後ろから頭を叩かれた。

 くそっ、いいじゃないかこのぐらいは。むしろ怒られてしまえ。


「それで、これからの話なんですが。さすがに誘拐沙汰なので警察に連絡しますか? 私たちは誰も殺していませんし、銃火器も使っ……」


 テキパキと今後の予定を立てる咲夜さんだったが、銃火器使用有無で黙った。ゴム弾とはいえ、姫香さんが使っていたような気がする。

 警察に問い詰められたらひとたまりもない。そもそもというか、常識的に考えて日本での民間人の所持は違法だ。

 口をパクパクさせてから、何かいい案が思いついたらしく彼女は続けた。


「燃やせば、証拠は残りませんね」


 何もかも灰に戻すつもりだった。


「一番駄目な奴だろうがそれ!」

「証拠隠滅の仕方が雑だよ~!」


 添田君はドン引きしていた。当たり前だ。

 あの中に身内がいるんだから賛成するわけにはいかない。


「もー、まかせといて! あたしの繋がりとか兄弟の権力を存分に使ってやる!」


 やけくそ気味に百子さんが両手を天に突き出した。


「大丈夫なんですか。と言うか何しているんですかご兄弟」


 聞くとニヤリと笑って僕だけに聞こえるように耳打ちする。


「警察の表ざたに出来ない事件もみ消してる」


 思った以上にヤバいやつだった。

 僕が顔色を変えると「なんてね、冗談だよ~」とケラケラ笑いながら携帯片手に車の中へ戻っていく。聞かれたくない話らしい。

 …本当に冗談なんだろうか。

 恐らく電話するからと車内から追い出された前原さんが咲夜さんに小さく手を振った。咲夜さんも振りかえす。


「今何時だろ」


 所長はスマートフォンを取り出した。

 姫香さんは横からそれを小さく覗き見る。かわいい。


「一時十分。こんなに経っていたか」

「忙しい一日でしたね」

「まったくだ」

「なんか、夢でも見ているような気分でした」


 添田君が小声で言った。

 声に出したのは無意識だったのか、ぼうっとした表情で抱きしめているアタッシュケースを見ている。

 その目元は泣いたおかげで赤みがさしている。

 茶封筒の中に手紙が入っていた。それを読んで添田君は泣き崩れてしまったのだが、なんて書かれていたか聞くのは…野暮ってもんだろう。


 ――夢ならどんなによかったか。

 これから、彼の周りは忙しくなるにちがいない。

 叔父が誘拐犯で、添田君は被害者だから、事情聴取も受けることになるし。

 肉親を一気に失ってしまった彼がこれからどうなるかも分からない。


「今日は…ちゃんと寝るんだよ」


 気の利く一言でも言いたかったが、あいにくそんな優れたもの僕の脳内回路にはなかった。

 それでも精いっぱいの言葉なのは伝わったか、添田君はわずかに笑った。



 十分経たないうちに赤いサイレンライトが遠くの方で見えた。

 それはすなわち、事件の終わりを示していた。

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