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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
一章 遺骨ペンダント
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十八話『青少年のなんかが危ない』

 無事に売られた僕である。

 だが所長のハッタリがなんであれ、本物を持っている姫香さんを連中の目から逸らせるならばそれで良い。

 彼女に手が届く前に伸してしまえばいいだけの話だ。

 そして多分、僕はそれをすることができる。この一年間で、僕自身は覚えていないことがあっても、身体はきっちりと格闘技や銃器の扱い方を覚えているというのが分かった。


 ……前の僕は何をしていたんだ。

 身体の隅々まで染み込むぐらいに、何を思って鍛えてきたんだろう。

 今考えても栓無き事か。記憶が戻らないのならそれまでの話だ。


 僕の胸に手を伸ばしてきた男の手をいなし、蹴り飛ばして後続の人間とぶつけあわせた。倒れこんだだけではまた復活するので、みぞおちに踵落としをすることも忘れない。

 そんなことをしてる間に後ろから羽交い絞めにされる。邪魔なので脚の甲を思いっきり踏んづけ、緩んだ隙に振りほどく。それから振り向きざまに顎を殴りつけた。

 数の暴力にさらされているぞ僕。


「!」


 きらりと視界の端が銀色に光った。と思うと同時に甲高い音が耳元で弾けた。

 大ぶりなナイフを手にした咲夜さんが息を吐く。僕に迫っていた刃を跳ねのけてくれたのだ。お礼は後で。


 さて、あとは何人残っている。

 数が半分以上減っていたら所長あたりに添田君(推定)を任せよう。

 顔を上げると、姫香さんがとことこと誰かに向かって歩いていった。

 …ん?

 何してんだあの人!?


「ヒメ!」


 胸倉を掴んで相手を殴っていた所長が手を止めて叫んだ。

 僕の足元で意識のある人を縛り上げていた咲夜さんが「えっ」と声を漏らす。

 それほどに予想外の行動だった。


 向かい合ったのは、添田信二郎だ。

 あまりに自分のメンバーが倒されていくのを茫然と眺めている真っ最中であった。彼も加わらなかったのは勝てると踏んでいたからか、殴り合いができないだけか。

 ともあれ突然に近寄ってきた少女に表情を一瞬驚愕に染めたが、すぐにそれは暗い笑みに変わる。


 そりゃそうだ、牛がタレに自分を漬け込んで焼かれに行っているようなもんだろ。

 僕は足に力を込める。間に合うか。あの人は銃を持っているはずだ。

 姫香さんも持っていたけど、現在の彼女の手は空っぽだ。腰につりさげてあるだけ。


 彼は僕らにとって最悪の期待にそえるように、姫香さんの顔面に拳銃を突きつけた。

 それを驚きもせず彼女はただ眺めている。知っていたと、そう言うように。

 姫香さんは今までにもふらりと行動することはあったけど――こんな時にこんなことをするなんて予想もつかなかった。

 僕は動けない。ほかの二人もだろう。

 変に刺激することが出来なくなってしまった。


「あれとの引き換えに自分を差し出すつもりか? それはそれは、とんだ自己犠牲だ」

「ちがう」


 姫香さんは添田信二郎をまっすぐに見つめた。

 いくら薄暗い中とは言え、あの距離ならばお互いの顔ははっきりと分かるだろう。

 ましてや常に濡れて光を受ける役割を担う瞳が見えていないはずがない。


「お前、撃てない。撃ったこと、ない。人、殺す、ない」

「な――」

「殺せない。できる? わたし、撃てる?」

「撃て……撃てるに、決まってるだろ! 殺すことだって出来る!」


 だが、声は震えていた。

 もしかしたら本当に武器を人に向けたこともないのか――

 姫香さんに向けられた銃は、それを持つ腕は、ここからでもわかるぐらいに震えていた。


 と、

 彼女は銃口に顔を寄せ、ぺろりと舐めて見せた。


 そこだけで終わると思いきや、姫香さんはさらに銃身を口にくわえこむ。


「ひ!?」


 添田信二郎は短い悲鳴を上げる。

 湿った音が妙に静かな倉庫内に響き渡った。ズタ袋ですら身動きを止めた。

 彼女は構わず口内で鉄の塊を嬲る。時折漏れる息継ぎがなまめかしい。

 ちゅぽんと場にそぐわない音ともに姫香さんは口を離した。

 わずかな光を受け、糸が銃口と姫香さんの唇を繋いでいたがそれもすぐに切れる。

 ぺろりと舌で唇を拭った。


 ……。

 う、うわー。これは…これはなんというか。

 あかん。


 やっべ。顔と耳がめちゃくちゃ熱い。

 所長は気まずそうに目をそらしていた。


「撃てたのに」


 姫香さんはどこかつまらなさそうにこぼした。


「く…狂ってる……」


 一方の添田信二郎は、銃を情けなく下げて後ずさりした。距離を取ろうと――狂人まがいの少女から逃げようと。

 だが足がもつれてひっくり返る。

 危なかった、あれ引き金に指をかけたままだったら間違いなく誤射していた。


 尻餅をついた男に、姫香さんはホルスターから自分の銃を取り出した。

 リボルバーだ。

 重たげにそれをもちあげ、ここからでは判断しずらいが胸のあたりに狙いを定めた。


「添田洋介、どこ」

「た、頼む、殺さないでくれ!」


 それだいたい死ぬセリフ。


「どこ」

「奥だ、いや奥です!」


 滑稽な有様であった。

 過去を暴かれた挙句に女の子に銃を向けられて命乞いって。

 オーバーキル…でもないか。当然の結果と、そう受け取ってもらおう。

 しかし、添田君が中身じゃないならあのズタ袋なんだろ。あっちもあっちですごい暴れ始めている。

 ダミーでも入っていたかな。これから分かるか。


「そう」


 答えを得た姫香さんは、特に感慨もなく頷くとためらいもなく引き金を引いた。

タイトルかえる気でいます

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