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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
一章 遺骨ペンダント
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一話『城野探偵事務所』

 城野探偵事務所というのはおかしなところである。

 そこに勤める僕が言うのだから間違いがない。


 まず事務所員の人数が少ない。

 城野所長、所長の義妹で副所長の姫香さん、情報担当の百子さん、咲夜さん、そして僕という五人だ。

 はたや大手探偵事務所の広告を見れば、顔を出している所員だけでもざっと二十名。もちろん仕事上顔を晒していない人もいるだろうから、全体的な数としてはもっといるだろう。


 探偵というものはとにかく時間を食う仕事だ。

 たとえばひとつの浮気調査にあたり2、3人つかなくては話にならないし、それも決定的瞬間が調べ始めてすぐに出るという単純な話でもない。早くても一週間前後はかかる。

 他の依頼と同時並行もなかなか出来ないわけで、そうなるとこの事務所はうまくいっても月に四つ五つほどしかこなせないことになる。

 赤字になるかどうかは僕はそちら方面に明るくないので不明だが、効率が悪いことぐらいは分かる。

 そんなことを所長に一度言ったことはあるのだが、「別に他社と勝負しているわけでもないし、金もうけに熱心でもないし、なにより俺は面白そうなやつしか雇いたくない」とないないづくしの一蹴をされてしまった。


 最後に新しく所員を入れたのは一年前だ。何を隠そう、僕のことである。「面白そうなやつ」なのかはさておき。

 僕ーーについては特に語ることもない。というか、語れない。ここに拾われる以前のエピソード記憶がないからだ。忘れたのか無くしたのか、もとよりあったかすらも知らない。


 『夜弦(ヨヅル)』。


 僕について僕が知っている情報は、それだけだ。

 苗字もない。たった二文字の、名前。

 それも偽名だったのかそれとも届け出が出せない理由があるのか、めったに被らなさそうな名前なのに捜索者届の名簿にはいまだ載っていない。

 僕は宙ぶらりんな存在なのだ。

 でも今はそれでいいと思うことにしている。

 世話をしてもらっている身分ながらそこまで不便はないし、記憶がないとしても昔にあった出来事や流行に疎いぐらいで特別困ったことはない。


 ーーそう、困ったことが無いのだ。それこそ困ったことに。

 というか、どこからか仮の身分証明書を持ってきた百子さんのほうが色々ヤバいと思う。「伝手がある」という問題じゃないと思う。


 閑話休題。

 正直言ってここに勤める人は堅気カタギの匂いがしないからあまり突っ込んでも嫌な予感しかしない。好奇心は猫をも殺すっていうし。

 先ほど浮気調査を例に挙げたが、実を言えば今までそのような依頼を受けて僕が仕事したことは両の手で数えるほどしかない。

 いじめ調査も、結婚相手調査も、ペット探しも、だ。


 探偵事務所らしくないのはそこだけではない。ここには一般にどうあがいても『武器』とカテゴリされてしまうものが保管されている。

 あえて説明を挟むが、現在この日本は銃を持ち歩かないといけないほど物騒とは思えない――確かに殺人は今日もどこかで起こっているのだろうが――ドンパチ騒ぎなんてないはずだ。

 しかもこの国は銃刀法というものがあって、本来なら思いっきり違法のラインを踏んでいる。それどころかホップステップジャンプしてる。

 それなのにこっそりと持っているということ、さらに言うなら僕らが過去に何回か持ち出している事実。これらを含めて考えればもうわかるだろう。


 ろくでもない仕事ばかりが入ってくるのだ。


 限りなくブラックに近い仕事だ。コーヒー無糖もびっくりの黒さだ。

 そして所長はそれを嬉々として受けるのだ。

「だって面白いだろ。スリルがある方が」

 所長はそういうが、たまには実際に動くことになるこちらの気持ちにもなってほしい。


 さて。

 城野探偵事務所のある建物は二階だ。上が事務所、下が骨董店である。

 一階と二階でやっていることがまったく違うが似通っている点としてはどちらも基本人が来ない。

 以前聞いた話ではこの建物と骨董店にあるものは所長の恩人がそっくりそのまま譲り渡してくれたらしい。所長の上司、つまり先代所長らしいが。

 ――そっくりそのままって、『探偵事務所』もだろうか。


 それに、「改築はいまのところしていない」という所長の言葉を信じるならば、小規模ながら武器庫がある時点でいろいろお察しだった。なにやってんだ恩人。

 一応どちらの管理人も所長ではあるのだが、彼は骨董店をほとんど放置しているために代わりに姫香さんが管理している。

 そのため、彼女は副所長という立場でもありながら事務所のほうにいる時間より骨董店で過ごしているほうが長かったりする。


 普段は商品の埃を掃ったり拭いたり、天気が良ければ彼女は骨董店の前に椅子を表に出し、日がな一日そこで座っている。

 暇を持て余し集まってくるお年寄りの応対や、たまに来る客へ商品を売ったり買い取ったりか。

 にこりともしないどころか表情筋すら機能しているか不明な彼女は、普段から黒を主としたゴシックロリータ服を着ているのもあって近所ではとある愛称で呼ばれている。

 『アンティーク姫』。

 けっこう浮いたあだ名だが、姫華さんは嫌がるそぶりを見せたことはないし、シスコン気味な所長もそれに関してはノータッチなので城野義兄妹としてはそんなに悪くないといった感じなのだろう。


 あながち間違えてはいないと思う。

 まるで骨董屋のショーウィンドーに飾られているヴィンテージ・ドールのような。

 どこか脆くて、儚い雰囲気を纏っている雰囲気をもっているからだ。

 でもまだうら若い女性に向かって『骨董品アンティーク』はちょっと失礼なんじゃなかろうか。

 本人が気にしなければいいんだけど。


 そんなことを考えつつ今日も日向ぼっこしていた姫香さんに僕は声を掛ける。


「姫香さん、そろそろお昼ですよ」


 いつの間にか用事の際に彼女を呼ぶのが僕の仕事の一つになっていた。姫香さんは時計を見る癖があまりないらしく、放っておけばいつまでも骨董屋にいるのだ。

 めったに人の通らない通りをじっと見ていた彼女は無言で僕を見上げる。

 その所作は人間味がなくーーさながら機械仕掛けのようだった。金属のこすれる音がしても不思議じゃない。

 生まれつきなのか、後天的なのか。ただ親の話題をひどく嫌がっていたことがあるので多分後者だろう。それ以上突っ込むほどデリカシーがないわけではない。

 そもそも僕のほうこそ語れることもないからな。


「咲夜さんがお茶を入れていました。冷めないうちに――」


 姫香さんは片手を上げて僕の言葉を遮った。そして立ち上がる。僕より頭一つ分小さい。


「どうかしました?」


 姫香さんはじっと路地の向こう側を見つめる。

 …なんだろう。

 困惑していると、回答のほうからこっちに来た。

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