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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
間章 グランギニョル
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十八話『席次』

 供花きょうかが溢れんばかりに祭壇を飾っていた。

 それだけでどれほど故人が権力や人とのつながりを持っていたかが分かる。

 照明に照らされた白菊の色が目の奥にじくりと痛みを残す。


 その祭壇の前では僧侶が朗々と声を張り上げて読経している。

 聞き覚えがないものだったので鴨宮家と俺の家は宗派が異なるのかもしれない、となんとなく思った。


 参列者という身分のために仕方のないことだが、遠くて遺影すらよく見えない。

 目を凝らしてみた鴨宮千嘉良はずいぶんと厳格そうな顔をしていた。丸っこい雰囲気の百子とは似ても似つかなかった。本人に言ったらどんなリアクションするだろう。

 そのまま視線を右に向けると、喪主の席には中年の男が座っていた。どことなく遺影の中の人物と似ている。よく考えなくても鴨宮千嘉良の息子だろう。喪主ということは、長男かもしれない。

 男の隣には妻らしき女、さらにその隣には青年、そして――先ほどの少年と、ベンチに座っていた少女が並んでいた。皆一様に表情は固まっており、どこを見ているのか分からない。


「…?」


 この会場において、唯一知っている人間は右側の席――遺族や親族席にはいなかった。

 ちらりと隣のケンイチを見ると、彼は小さく顎で左の席を指した。素直にそちらのほうへ目を動かす。


 百子は、左側、後ろの席に座っていた。席次的には職場関係の人間がいる場所だ。

 祖父というならば百子は孫であり、そうなるとあの少年たちのそばに座るはずなのに。

 女物の喪服を着ているのは今更驚きはしないが、こういう場面でも女装するのかと妙な気持になる。あれ趣味ではないのか。


 俯いて百子の表情は見えない。息をひそめて気配を隠そうとしているように感じた。

 俺たちが来ていることにも当然気づいていないだろう。

 ふと、親族側がちらちらと彼のことを見ていることに俺は気づく。親族たちはまるで粗を探すように、ねちっこく百子を観察している。獲物を狙う猛禽類のようだ。

 じっとりとした嫌な視線は俺が直接受けていないものにしても嫌すぎる。昔、捨て子と知られるたびに向けられた視線に似ていて落ち着かない。


 親族なら百子のことではなくておとなしく故人を偲んでいればいいのに。

 読経もろくに聞いているのかどうか――


 と、周りの気配を気にして初めて気づいた。


 そこかしこでさざ波のように囁き声が聞こえる。

 それは、故人の話であったり、参列者のうわさであったり、悪口であったり、様々だ。

 部外者である俺からしても気分の悪くなるような話題ばかりで、アリが身体の中を這っているような不快感を覚える。


 ――誰もこの通夜をまともに参加していない。

 身体こそここにあるが心はここにはない。

 鴨宮千嘉良はいったい今、誰に弔われているのだ。


 焼香が始まる。

 遺族から始まり、僧侶の後ろにある焼香台に立つたびにその人に関する話がそこかしこで小さく聞こえる。

 気分が悪くなってきて、いますぐにこの場を退出したいが焼香も終わっていないので悪目立ちしてしまう。ケンイチの表情をうかがうと、何を考えているかわからない顔をしていた。


 さすがに友人知人ぐらいになると囁き声も減ってくる。最後、百子と隣の席に座っていた人間が立ち上がった。

 一般参列者側からは何もない。

 ただ一方で親族側はいっせいに百子を見た。彼のこぶしは強く握りしめすぎて真っ白だ。

 ほぼ視線を下に向けたまま百子ともう一人は遺族側、世話人側に礼をする。しっかりと礼をしたのはあの少年と少女だけだった。他は浅いか、ほとんどしない。


 あの人、遺族と仲が悪いのかしら。俺の後ろにいた誰かがつぶやく。

 俺も教えて欲しかった。あいつの立ち位置はどこにあるんだ。




 俺たちも焼香を終え、僧侶の読経が終わると参列者側は一足先に退室する流れとなった。

 百子に話しかけたかったがケンイチに止められた。

「今ここで困るのは確実にあっちだ」などと言われては何もできなくなる。おとなしくラウンジへと向かった。


「…こんな悪趣味な場所に来たかったのかよ」


 ケンイチにだけ聞こえる声量で愚痴ると、彼は喉の奥で短く笑った。


「面白いだろ」

「面白かねぇや。小学生の頃の学級会よりひどい」


 似たようなもんだとケンイチは言う。

 式場職員が日々の業務の中でルーチン化されたのだろう、滑らかな案内を始める。


 それを聞いたケンイチが口端を釣り上げた。

 嫌な予感しかしない。


「通夜ぶるまいだってよ。行こう」

「ええ…」


 半ば引きずられるようにして、俺は新たなるステージへ向かう羽目になった。



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