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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
間章 グランギニョル
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十六話『通夜(中)』

「なあ、おれがスーツどこにしまった覚えてるか」

「俺が管理してるよ…」


 ノックもせずに俺の部屋を開けてきたケンイチに、二着分のスーツとワイシャツを見せた。


「おお」

「ネクタイと靴下は知らんけど」

「なかったらコンビニで買ってくりゃあいいんだ。さすがおれが育てただけある。感謝しろよ」

「なんでそんなに偉そうなんだ…?」


 何故かふんぞり返るケンイチへ白い眼を向けてから自分のネクタイを探す。

 …まあ、最後に使ったのはそんな遠くないからすぐ見つかるだろうけれど。


 おばさんの三周忌が先月あった。

 とは言ってもおばさんが亡くなったのが三年前ではない。死体が――骨が見つかったのが三年前で、その時に死亡診断書が出たので命日となった。おそらくは、最後に会ったあの日が死んだ日なのだろうが――。


 おばさんが死んだと分かって、待ち続ける生活が終わった。

 ケンイチと渡会のおっさんの関係はますます悪化した。互いに犯人を捜しているのだろうが、情報共有はそんなに活発に行われていないみたいだ。

 百子が事務所に入ってきて、交わす会話も種類が多くなった。

 たぶん何かが確実に変わったのだと思う。生活かもしれないし、思いか、もっと見えない何かが。それでも表面上は何も変わらず日々が過ぎていく。


 でもなあ。葬式なんて辛気臭いところに行くのは本当は勘弁してもらいたいところである。

 大往生なら思い出話に花が咲いていいのだろうが…なんだか、百子の態度からするにそういう和気あいあいな空気にはなりそうもないんだよな。それに赤の他人のものだから絶対会話に入れないし。

 ケンイチはどうせさっき言っていたみたいな純粋クソな好奇心なんだろう。俺は、なんか来る前提みたいな扱いだし、行くつもりではあるけれど。百子が心配だというのもあるが、人様の葬式にケンイチを放すほど俺は無責任ではない。


「ネクタイ一応アイロンかけておくか?」


 廊下からケンイチに呼びかけると「んー」と生返事が帰ってきた。


「…なにしてんだよさっきから…。メル友みたいな酔狂な奴まわりに居たっけ?」

「失礼な」


 ケンイチが自室から顔をのぞかせた。ついでにネクタイを投げてきた。むかつく。


「おまえ、あいつがどこで葬式するのか知ってるのか?」

「…あ」


 思い出したら「東京の大きいところ」しか知らなかった。

 そうだ、百子も位置があやふやみたいな感じだったもんな。そんなんで大丈夫なんだろうかあいつ。


「日本は一日三千人程度が死んでいて、葬儀屋は四千件以上もあるんだぜ」

「すっごい多い…」


 そんなに葬儀屋があるのか。

 ふとイザナギとイザナミの冥界での「一万人殺す」「じゃあ一万五千人産む」という話を思い出した。


「その中で絞り込んでいくにはちと骨が折れる。だから協力者に手伝ってもらっているのさ」

「へー。そんな面倒ごとに協力してくれる親切な人いるんだな」

「協力せざるを得ないからな」

「は?」

「弱みを何個か握っているから」


 一瞬でも感心した自分が馬鹿みたいだった。

 相変わらずいつものクソ野郎だった。


「どこでそうやって弱みなんて掴んでくるんだよ…」

「人のアラ探し続けていれば自然に見つかるもんだ」


 靴下まで投げてきた。

 なんだ、靴下にアイロンかけろっていうのか。


「だがそうすると自分の弱みも握られかねないから要注意な」

「はあ…。肝に銘じておく…」


 こいつに弱みなんてあるのだろうか。

 あったとしてもうまいこと隠しているから俺ごときに目に触れることはないだろうけど。


「とりあえず、椎名が行くだろうというところは目星がついた。時間は昼からだ」

「そこは解決してよかったけどさ、行ってどうするんだよ。知らねえジジイの死体見る趣味なんてねえだろ…」

「た、か、み、の、け、ん、ぶ、つ」


 イントネーションがむかつく。


「いい社会勉強になると思うぜ」


 こいつの『社会勉強』はろくなことがあったためしがない。

 ただ、ここまでケンイチが食いつくことに何か不審な気はした。


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