十七話『ハッタリには勝てなかったよ』
人の大きさほどもあるズタ袋が、地面に転がっていた。
しかも中に入っているものは生きているようだ。
…ふむ。
もしかしなくても添田君の確率が高いが開けてみるまでは分からない。
「ここにとても当てやすい的がある」
そうだね。
「全く価値のない、役に立たない的だが――お前らにとってはこの中身が死んだら困るだろうな」
分かりやすい挑発だ。
簡単に言えば中にいる添田君(推定)を撃つぞってことだ。
添田君を救うためにわざわざここに来たんだからそんなこと言わなくてもいいと思うんだけど。
どうしても上に立っていると自覚しないと安心できないようだ。
「困るねえ」
所長は鼻で笑った。
「ちょっと、あんまり神経逆なでさせないでくださいよ」
いつもの百子さんが居ないので僕が小声で口出しすると彼は自信たっぷりに「任せておけ」と返した。
「倒産した会社を抱えたあんたみたいな心境だよ、添田信二郎」
こ、こいつ…。
今僕が言ったことを完全に無視しやがった。
口を塞いでやろうと手を伸ばすが普通にはたかれて失敗する。間違いない、逆上させに行っているぞ。確信犯だ。
「二週間前に倒産申請を出したのか。それから身内の大金持ちが死んだんだから、借金を抱えているあんたにしちゃ渡りに船だった」
「黙れ!」
もっと言ってやってください。
本当に黙らせないとやばいぞ。
咲夜さんのため息が聞こえた。呆れているけど止める気ゼロだこれ。
「高校生の頃に補導を食らって、その後に捜索願が届けられているな。怒られた腹いせに家出でもしたのか? それでも探してもらえるなんて恵まれてるな、羨ましいぜ」
「どこでそんな…」
絶句している場合じゃないよ『叔父さん』。いや、添田信二郎。
正直すぎるよ、そんなことないって一応否定しておこうよ。
あっというまに所長のペースに巻かれているじゃないか。それは最初からだった。
情報源は考えるまでもなく百子さんだ。
どこから引っ張り出してきたのかは知らないけどかなり強いパイプはあるのは分かる。
――それでも僕の正体を突き止められなかったんだから一体自分は何をやらかしたのか。
所長は両手をあげてひらひらと振って見せた。
「ま、でも背に腹は代えられねえわ。返してやれ。ツル」
「え?」
突然話が戻ったので頭が一瞬フリーズしかけた。
それよりも今なんて言ったんだっけ。
返す。僕が。何を。
「所長……?」
「しっかりしろよ、ペンダントのことだ」
ペンダントという単語が出るや一斉に視線が僕に集まった。
「え、いや……は?」
待って!? 別にペンダント(偽)を持ってるのは僕だけじゃないよ!
所長と咲夜さんだってあるじゃないか!
だが咲夜さんは僕に黙とうを捧げるように数秒瞼を閉じた。
その斜め後ろにいた姫香さんはわずかに肩をすくめる。
殉死確定って感じの流れだね。なんなのこれ。
もう一度所長に視線をもどせば神妙な目つきで僕の肩を叩いた。今すぐその指をへし折ってやりたい。
「大丈夫だ。渡せば終わる。あとはまあ――あちらの判断だ」
何が大丈夫なんだ。いきなりしおらしくなったし。
僕を絡めて盛大なハッタリをかまそうとしているのではないだろうか。
「渡すって、無理ですよ! だってこれ、」偽物じゃないですか。
言葉の途中だったが止まらざるを得なかった。
雰囲気ががらりと変わったのだ。
何が起きた? そんなに重要なことを言ったとは思えないけど。
……まさか。
『ペンダントを渡すのが嫌だ』と、早とちりされてしまった?確かに嫌だけど、それは持っているのが偽物だからで。
チーム叔父を見ると、僕をターゲットとしてライトの光が僕に集まる。
とにかく眩しい。後ろにいた女子二人がソソソと光から逃げたのが分かった。
変わらず僕の隣にいる所長はヒュウと口笛を吹く。
「奪えるもんなら奪ってみろやってことだな。さすが俺の見込んだ所員だ!」
「所長ぉぉぉーッ!!」
まさかもまさか、そのまさかだった!
僕を巻き込んでとんでもないハッタリかましやがった!
弁解のチャンスがなくなったじゃねえか!
「何言ってんすかハゲ!!」
「スキンヘッドと言え」
うるせぇ! 状況が状況じゃなかったらぶん殴ってるわ!