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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
間章 グランギニョル
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八話『討ち入り(中)』

 さすがに馬鹿ケンイチの声が聞こえていたのか、室内はざわついていた。

 室内は薄暗い。二、三個配置されている置くタイプのライトの光がかろうじて人物の輪郭を浮かび上がらせているぐらいだ。近くまで来てくれるならもう少しはっきり見えるだろうが。

ぐるりと首を巡らし数えてみれば十人ぐらいの人間がいる。

 バイクの数を考えると、まだこれだけではないだろう。二人乗りをしていてもおかしくないし。そうすると、残りは二階にいるはずだ。

 それにしても思ったよりも狭い。レストランという構造上、キッチンや貯蔵スペースやスタッフルームだってあるだろうしこれぐらいが当たり前なのかもしれない。二階はもう少し広いだろうか?


「変なにおいだ」


 ひとりごちる。ペンキのにおいか、これは。少し隙間風があるのが救いだ。

 生唾を飲み込み、足を踏み出すと軽いものを蹴る感触がした。下を見ればカラカラと足元で無数のスプレー缶が転がる。

 怪訝な顔で見ているとケンイチは小声で俺にその正体を教えた。


「アンパンだな。学校で習わなかったか」

「アンパン?」

「ああ、分かりづらいか。シンナー遊び」

「…それは習ったけど。でもそういうのって取引が厳しくなったって聞いた」


 馬ァ鹿とケンイチは嘲る。

 同時に、襲い掛かっていた男をひょいと足を出して転ばせた。そのまま流れるように腹部を蹴る。罵倒は俺に対してか男に対しての言葉かは分からない。両方だろう。


「お前、知っているか? 手元にアルコールがないからって消毒用のアルコールをあれこれして飲用しようとするやつもいるぐらいなんだぜ」

「嘘だろ」


 口の中で何かつぶやきながら顔をひっかこうとしてきた男の胸倉をつかみ、顎を殴る。あっさり崩れ落ちた。

 頭から落ちたわけではないがさすがに転がり方が人形じみていてぎくりとした。ぶつぶつと変わらず言っていので死んでいるわけではないとしても、これはこれで心配である。


「こんな時に嘘を吐くもんか。オレも飲んだことがあるがありゃだめだな。舌に残る、なんていうんだ、しびれみたいな刺激のせいで気分が悪くなった」


 経験済みなのかよ。

 俺に掴みかかる相手の顔面に頭突きを食らわす。どばっと鼻血を流し始めたのを見てから振り払う。俺も一度これをやられたことがあるが、ひたすらに呼吸が苦しくなる。

 それにしても、酔っぱらっているようにどいつもゾンビみたいに足元がおぼついていない。それどころか、俺たちを見ても何も思っていないように空虚に笑っている奴すらいた。異質なものを見てしまった気がして背中に汗が流れる。


「そりゃあ純正なシンナーは純正な利用者にしか売られてないだろうさ。でも、世の中それだけじゃないだろ」

「さっさと正解を話してくれ」

「早漏は大変だぞ。ここらに転がっているのはラッカーやライターのガスとかだ。シンナーそのものじゃない。でも混ざりもののシンナーを使ってでもアンパンがしたいんだろ、こいつらは」

「どうなるんだ、混ざりものを使ったら」


 ケンイチはすぐには答えなかった。

 見れば、椅子がヤツに向かってまさに今振り下ろされている最中だった。たん、と軽いステップを踏んで椅子をよけると攻撃してきた若い兄ちゃんの顔を懐中電灯でぶんなぐる。

 俺が息を止めて見守っていることに気づいたのか、ケンイチは横目でちらりと見た後にすぐに前を向いた。


「オレより自分のことを気にしたほうがいいぜ」

「え? アアっ!?」


 俺にも同じく椅子が振り下ろされる最中だった。

 とっさに手に持っていた金属バッドを振り木製の椅子にぶち当てると固い者同士がぶつかり合う音共にびりびりとした衝撃が腕に上ってくる。椅子を持っていたやつが勢いに負けてひっくり返った。


「早く言えよ!」

「よそ見してるからだアホ。――ろくなことにはならねえさ。無理やり幸せになっているんだ、その代償だってでかいに決まっている」


 俺が何も言えない間に、ケンイチはまた一人投げ飛ばした。

 こいつの反射神経と運動神経どうなってるんだ。そりゃ喧嘩しても勝てないわけだ。


「――思ったよりも根が深そうだ。まあ、オレたちには関係ない話ではあるが」


 あらかた一階は片づけてしまうと、ケンイチは二階に行くべく歩き出したがすぐに足を止めた。俺はケンイチと同じ場所に目を落とす。

 階段付近に散乱したストローや黒ずんだスプーン、アルミホイルなんかがあった。

 ちょっと嫌な予感がする。


「オレの自慢は覚せい剤や麻薬をしたことがないことでな」


 ああ、ここでその話題っていうことはやっぱりそういうことなのか…。


「へ、へえ…」

「拘置所三日暮らしはあるけど」

「あるのか…」

「ちょっと店にいるだけでいいって言われても絶対のるなよ。そいつ、非合法の風俗経営していてちょうど警察が来る日を察してオレを身代わりにしたんだよ」

「類は友を呼ぶんだなぁ…」


 しみじみとつぶやいてしまった。無言で拳骨を食らった。

 そのとおりじゃねえかよ。


 ケンイチは階段を上っていく。俺はその二段後からついていく。先に歩いてくれるというのはありがたい。

 最後の段を上り切り、彼は呟いた。


「決めた。全員伸ばしたら警察呼ぶ。こりゃあまずいわ」


 ぎらぎらした、やはり十人余りの眼が俺たちを見ていた。何かを吸っていたらしきポーズをとっている。

 さらには数人が地面につっぷしている。…なんとなく、頭から液体が出ているのは気のせいだろうか? 暗いから見間違えているだけ?


「さっき致命傷は負わされないだろうって言ったよな? 訂正する。下手すると殺されるぞ」

「そんな気はしていたよ、マジで…」

「お前意外と使えるな。そのぐらい言葉言えるなら安心した」


 いろいろ麻痺してきているからな。

 どっかの保護者さんのせいで。


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