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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
間章 グランギニョル
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七話『討ち入り(前)』

 俺が坊主頭になってから一か月ほど。

 冬も本気を出し、白い息が口から洩れるようになった季節。


 白い月の下、ケンイチは上機嫌に言った。


「絶好の討ち入り日和だな! そう思わないかケンジ!」

「うるさい。赤穂浪士でももう少し粛々としていただろうに…」


 俺は深々とため息をつきながら皮手袋を嵌めた。小さな鉄板が入っているのでこれで殴られると痛い。

 靴は安全靴で解けないようにしっかり紐を結んである。帽子を被ってはいるが、どうせ途中で落ちてしまうだろう。


 こんな重装備で何をするかと言われたら、クソ野郎の宣言した通り討ち入りだ。

 ターゲットは最近この地域で幅を利かせているチンピラ。不良の学生も混じっているという。そいつらがたまり場にしている空き店舗を奪還するために説得(物理)をするとのことだ

 依頼人は不動産屋。警察も未成年がいるため手荒くできず、依頼人も追い出そうにも怖い。そういうわけで別の探偵事務所経由で城野探偵事務所に話が来た。

 普通に暴力を軸として考えた依頼であるが、それをよく探偵事務所に頼もうと思ったな。探偵は普段どんなことをしているのかを調べてほしい。

 前々から城野探偵事務所は「暴力に特化した探偵事務所」という噂は聞いていたし、恐ろしくてこれまで確認できていなかったがここにきて突然現実味を帯びてきた。勘弁してくれ。


「…何度も言っているが、俺を戦力の一つとして数えないでくれよ」


 特別平和主義でもなんでもないが、積極的に喧嘩を売ることは俺はない。

 あと強さをアピールするために日々暴力の世界に身を置いているということもないので、技量としてはそこそこ喧嘩はできるレベルだ。勝つこともあれば負けることもある。

 そして当然痛い思いもする。怪我だって軽傷重傷の違いこそすれするだろう。


 それでも俺がケンイチが受けた「依頼」に付き合っているのは、他でもないケンイチに頼まれたからだ。

 いつものニヤニヤとしていてひっぱたきたくなる表情はひっこませ、「一人では難しいかもしれないから一緒に来てくれないか」と言われた。断ろうかとも思ったがずいぶんと真面目な顔をしているので結局ここまでついてきてしまった。

 …もしかしたら俺、損するタイプのお人よしか。

 嫌だなぁ。今のところないけれど、捨て猫とか見捨てられなくて拾ってしまうかもしれない。


「分かってるって。人質はノーセンキューだが、囮としては期待しているぞ」

「クソ野郎かよ」

「あんまり褒めないでくれ。つけあがっちまう」

「へー、理解は出来ているのか」


 嫌味を多分に混ぜながら返す。

 そして、目の前の建造物に注目する。窓は板張りされているので中の様子は見えない。

 まわりにはバイクが十数台置いてあった。

 あたりは店だから近隣に住む住民は少ないだろうけど、うるさいだろうな。


「資料で見せた通り、二階建て。階段はらせん状で十四段。手すりあり。元は小さなレストランだった。家電製品はないが椅子や机はそのまま残してある。数は不明。破損も考えられる。電気と水道は止められている」


 淡々とケンイチは説明する。

 ふうん…こういうところは真面目なんだな。


「暴行やリンチには慣れているとしても殺人はしたことないだろうな。だから致命傷を初っ端から狙われるということはないだろうが、あんまりでかい傷はしないでくれ。今回のこと、万里江さんには秘密なんだ」

「やっぱりな…」


 ちなみにおばさんは今親戚の不幸があって実家に帰っている。

 俺を連れ出したのも彼女の眼がなかったからだと思う。


「質問は?」

「ない。要は、ここから追い出せばいいんだろ」

「その通り! はい、金属バッド。相手を殺しても魔法の呪文ぴぴるぴるぴるを唱えたら生き返ることはないから注意な」


 殺すかよ…。絶対、何があっても俺は人を殺さねぇからな…。


 俺の心も知らず、ケンイチはドアに立てかけてあった板を引きはがした。

 かちりと懐中電灯をつける。


「たァァァのもォォォォう!」


 こいつ碌な死に方しないだろうなぁ、と、意気揚々と店内へ入っていくケンイチの背中を見て思った。


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