四話『おばさん』
ちょうどおばさんは二階建ての一階にある骨董屋を閉めているところだった。
俺たちの乗った車に気づくと小さく手を振る。
まだ事務所の片付けが済んでいないということでケンイチは二階の探偵事務所に上がっていった。
「お話はもう終わったの?」
骨董者のシャッターに鍵をかけながらおばさんは聞いてきた。
「てっきり、ケンイチくんが馬鹿をやらかしてさらに私まで呼び出しになるかと思っていたんだけど…」
「前々から思っていたけどおばさんはケンイチへの信用ゼロだよね」
「普段していることを見るとちょっと思わない? 信頼はしているけどね」
さらりと惚気られた。
「ケンジくんにとっては…納得のいく結果になったの?」
「うーん、反省文三枚を今週中に提出だって。めんどくせえ」
「……」
「今回は俺が悪かったから。いい年してすぐカッとなっちゃったし」
「まだあなたは若いわよ」
俺の発言に一言加えながらおばさんが困ったような顔をする。
ごまかしきれなかったかと俺は胸の中で嘆息する。もう少し、表情が表に出ないようにしなければ。でも行動には直で出てしまうんだよな。
ケンイチがいっていたように、あの母親は前々からおばさんに何かとねちねち言っていたらしい。だからそのようなことを俺にも言っていないか気になったのだろう。
「…相手のお母さんに、何か言われた?」
「なんにも」
そ知らぬふりして首を振ったつもりだが、果たしてうまくいっただろうか。
本当は言われた。
『捨て子』というのは俺の地雷ワードど真ん中だ。
事実その通りではあるのだが、言われるのは気持ちいいとは言えない。捨て子だから、と言われるのも気に入らない。
昨日の発端だって、「捨て子だから気を使われて評価を優遇されている」なんて言われたからだ。そんな気遣いあったら俺は一学期の試験で英語の赤点を取っていないはず。なんだよ文字が解読できないって。
ともかく、周りの制止も聞かないで殴り掛かってあんな状況を引き起こしてしまった。
反省はしているが後悔はしていない。境遇がちょっと周りと違うだけでそんなことを言われるのは癪だった。
一方でおばさんにはこれ以上気苦労はさせたくないというのも本音だ。
これは結局、俺自身の問題なのだ。俺が気にしなければいいだけの話。黙って耐えるにはまだ時間がかかりそうだけど。
「素行が悪いとかは言われた。ま、それはあいつを見て育ったからな」
「あいつなんて言わないの。…でも、そうだったの。いろいろ、その、心配していて」
「大丈夫だって。むしろケンイチがやらかさないか心配していたほうがいいよ」
うまく、俺の中ではうまく会話を逸らしていく。
視界の端にケンイチがうつったのでほっとした。
こいつの前ではこういう話をあまりしたくないのか、どんなに話の途中でもおばさんは引き下がるのだ。というか俺の出生にかかわる話でケンイチが一度として真面目でまともなことを言ったためしはなく、ついでにデリカシーに欠けたことを言って幼いころの俺をギャン泣きさせているので無意識に避けているのかもしれない。
おばさんはこんなやつのどこが良くて結婚したんだろう。脅されたかな。でもおばさんの父親ってアレだしなぁ。
「帰っぞ。本日も依頼はなし」
「また閑古鳥かよ…」
これでひと月ぐらい依頼来てないんじゃないか。
だが当の所長である馬鹿は「ないならないで楽だろ」とかほざいていた。
学費が心配になってくる。いままで借金取りが来たこともなければ飯が一食だけになったこともないので、大丈夫だとは思うのだが。
「心配しないで。なんかあったら骨董屋のもの全部売るから!」
おばさんはおばさんでなんかズレてるし。
もともとがお嬢様出身なので(本人に言うと嫌がる)たまに金銭感覚が不思議なところがある。
城野家の将来を気にしながら車に乗る。俺が後部座席。
ここから家まで歩いて十分もしないので、車だとあっという間だ。
母子の歩行者が目に入った。視認したときにはすでに後ろに流れてしまった。
それでも一瞬見えたあの幸せそうな光景に息の詰まる感覚を覚える。
やっぱり、覚悟を決めたほうがいいか。
二三度ためらって、結局は口にする。
「明日、ちょっと友達と遊びに行ってくるよ」
「そう?」
「うん」
なにも疑っていない口ぶりに、罪悪感でわずかに胸が痛む。
前々から考えていたが今回の件で決心がついた。
この二人から俺は血を継いでいない。じゃあ、俺に血を分けた奴はどんな人間なのか。
俺を捨てた両親が今何をしているのか、この目で見に行こう。