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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
間章 グランギニョル
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三話『ケンイチとケンジ』

 ひたすらに微妙な空気の中、各自解散となった。

 そして俺は結局反省文を原稿用紙三枚書いて提出となった。騒ぎを考えれば仕方のない事だが、相手には何も罰がないのは少し腹が立つ。おおかた、あの母親がクレームをかけてこないことを優先したのだろう。

 保護者の乗ってきた車の助手席に乗り込む。今日の良かったことと言えば車で帰れることぐらいだ。


 車にエンジンをかけると同時にやかましい音楽が流れ始める。

 地元愛を歌詞にぶち込みすぎて「お、おう」としか言えないような代物だった。


「なんだこれ」

「ああ、なんか数百枚売ればどっかでコンサートができるっていう路上ライブの姉ちゃんから買った」

「そんなの買う趣味あったのか」

「慈善活動だよ。顔がよかったし、握手してくれるっていうから買っちまった」

「最低かよ」

「でも歌詞にセンスもないし、歌は下手だし、バックミュージックは大惨事だしで枕営業してもコンサートは無理だろうな。囲いがいなくなったときに自分の才能の無さに気づくパターンだぞ、いつになるか楽しみだ」

「最悪かよ」

万里江マリエさんには内緒だぞ」

「言えるかよ」


 おばさんはいちいち女の子と触れ合ったとかで目くじらをたてはしないが、若干へこんだりするのでこういう話を聞いても俺は黙っている。

 まあ、この男としてもせいぜいセラピードッグを触った程度の認識だろう。おばさんを引くぐらいに溺愛しているので浮気なんてことは絶対にしない。と、思う。

 欠点しかないこいつの唯一の良い点が愛妻家というところか。


「ケンイチ」

「なんだケンジ」


 ややこしいことに俺たちは名前が被っている。

 同音なのでニックネームも被る。一番困ったのはおばさんだったそうだ。

 そんな中で、「俺が年上だからそのままケンイチ、お前はその次だからケンジでよくね?」と幼少期にそんなことを言われ、無垢な俺は頷いてしまったためにこんなことになっている。

 そんなに大切な名前でもないのでどうでもいいけれど。


「さっきのアレはなんだったんだ?」

「アレ?」

「写真だよ。三枚ぐらいあっただろ、なにが写ってたんだよ」

「おやおや、それ聞いちゃう? ウブでチェリィィボーイなケンジくんには早いんじゃないかなぁ~?」


 このままハンドルを右に回して運転席を電柱に突っ込ませてやろうかと思った。


「俺だって好きでチェリーじゃねえんだよクソ! 近づくだけで女子が泣くんだからしょうがねえだろ」

「そこらへんは同情だわ」

「で? なんだよ」

「浮気写真」


 さらりと、ケンイチは言った。

 予想はしていたので驚きはない。


「昨日、相手の名前聞いただろ? そっから母親を特定、その名前で何かやらかしていないか調べたら他の事務所にあの写真が保管されているって話を聞いた」

「……」

「あの女の浮気相手の妻が依頼人だった。まあそんなもんはどうでもいい。切り札として手元に置きたかったからすぐに頼んで取ってきた。また写真なんて焼き直せばいいし」

「…守秘義務とかどうなるんだよ」

「諭吉くん三人でその問題は解決したぞ。いやー、金って便利だな」

「買収じゃねえか!」


 へへへとケンイチは照れくさそうに笑ったが、どこも照れる要素はない。

 普通に信用失墜行為である。


「もともとあの女のことは風のうわさで聞いていた。何度か万里江さんにああいうこと言っていたのも知っている。だからささやかな復讐だよ」

「だから…わざわざあんたが出張ってきたのか」


 何かおかしいと思った。

 わざわざ俺と説教を受けてくれるタイプではないので。


「当然。万里江さんを傷つけたならそれ以上の対価は払ってもらわないとアンフェアだろ?」


 そこに俺はいないんだよな。

 ケンイチが愛しているのはおばさんただ一人だけだ。

 少し寂寥感を覚えながら、感想を口にする。


「クズ野郎」

「うんうん、くずの花言葉は活力・根気・恋のため息。オレにぴったりだな」

「そのくずじゃないし何がぴったりだよ!? 対角線上突っ走ってんじゃねえか!」

「人並みに生きているのはつまらないからな」


 むしろ人並みに生きてくれ。でもこんなやつがまっとうに生きれるなんてできなさそうだしな。

 俺は突っ込むのも疲れて座席に体重を預けた。

 次第に窓に見慣れた道や建物が流れていく。


「万里江さんがまだ骨董屋のほう片づけているはずだからそっち行くぞ」

「りょーかい」


 見えてきたのは、『城野探偵事務所』という看板。

 なにかと薄暗いことをしていることで(一部で)有名な探偵事務所。

 それが、俺の保護者たちの職場だった。




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