一話『保護者』
下校時刻を告げるチャイムが校内に鳴り響く。
俺はそれをぼんやりと聞いていた。
普段なら授業が終わってから少しの間馬鹿話をして、見回りの教師にせっつかれてだ帰り支度をし、だらだらと昇降口に向かっているだろうが今日はそうもいかなそうだった。
俺と、俺の保護者と、他クラスの男児学生と、その保護者と、それぞれの担任。
計六人が校舎二階の会議室に集まって向かい合う。
それぞれがどんな表情をしているのかは気になったが、顔を上げて観察していくほど俺も鉄の心臓は持っていなかった。
「それで」
チャイムが鳴り響くのを待っていたのだろう。
男児学生の保護者――母親が口を開いた。
「城野さん。あなたどのような躾をしてらっしゃるのかしら? 少し常識を疑いますわね」
母親がねっとりとした口調で責める。
対して俺の横に座る男はひょうひょうと言い放った。
「躾ですか。いやはや、お恥ずかしい。自由にのびのびとをモットーに育てております」
恥ずかしいのは俺のほうだよ。
呼び出された親としてそれ相応の反省オーラを纏っていてほしい。いや、俺が言うのもなんだけど。今なんてこいつは「さっさと帰りたい」ぐらいしか思っていないはずだ。
軽口にさっそく青筋を立てた母親は身をわずかに乗り出した。
胸元が広めに露出している服を着ているが肌の手入れが甘いらしくそこまで魅力的には見えない。なんでその服を選んだのか。色気を醸し出す年齢は過ぎただろうに。
「自由にのびのびと? あら、じゃあその結果がこれってわけですわね」
「そのようですなぁ」
「分かってらっしゃるの!?」
母親は机を両手で叩いた。
視界の端で教師たちがびくっとしていた。ちなみに二人とも、先ほどから何も口が出せない状態である。
保護者同士の腹の探り合いが始まっていた。
それにしても、この母親は短気だと思う。
いくらこいつが最初からおちょくるつもりでしか対応していないとはいえ。反応が派手だからもっといじり始めるのではないかと冷や冷やしてしまう。
当の男子学生はめんどくさそうな顔をして窓の外を見ていた。
「お宅のお子さんはうちの子を殴ったんですよ!?」
「高校生っていいですよね、そういうのも後々美談になるんですから」
「真面目に聞いてらっしゃる!?」
「オレはいつも真面目です。真面目すぎて巨体化しそうなぐらい」
どれくらい前の引っ越し社のCMだよ。
どうやら俺の担任はネタが分かったらしくわずかにうつむいた。肩が小刻みに震えている。こんな状況で笑うな。
母親が何かを言おうとするのを遮り、俺の保護者は言う。
「そもそもこんな話に親がでしゃばるなって話ですよ。殴り合いは昨日。深刻なケガも、障害もない。当人同士は先ほど見た限りそこまで引きずってもいない」
「そういう問題じゃありません!」
「では、どういう問題でしょうかね。お聞かせ願いたい」
「先に手を出したのはそちらというじゃありませんか」
これについては俺も言い訳ができない。
最初に肩を殴ったのは確かに俺だった。それからやり返され、互いにヒートアップしてしまったのだ。
この男子学生の性格がどんなものか付き合いのほとんどない俺にはわからないが、ママにわざわざチクるようには見えない。というか、さっき露骨に嫌そうな顔をしたのを見るに母親が息子に過保護気味なのだろう。
となると、誰かがこの母親に情報提供したのだと思うがそこまで興味がない。
それで息子を問いただして、今日急きょ放課後にこのような話し合いをすると騒ぎ出したのだ。
「ええ、聞きました。きちんと説教はしました」
嘘をつけ。説教をされていたのはお前だろ。
俺のケガを見、話を聞いてげらげらと笑い転げ、おばさんに怒られていた。
いくらなんでも腫れた俺の顔を見て「お岩さんみてぇ」はないと思う。
「それだけは溜飲は下がらないと? 体罰のほうがよかった、とでも?」
「わたしはですね、この先その野蛮な生徒とうちの子が同じ学校で過ごすというのが心配でならないんです!」
「おっ! つまり退学しろってことですか?」
わざとらしく――実際わざとなのだが、驚いたように保護者は言い放った。面白がっているようにも聞こえた。事実面白がっているはずだ。
退学という言葉に男児学生と教師二人が青ざめた顔をする。
母親のほうもあまりに直球ストレートな言葉に一瞬言葉を失っていたが、すぐに持ち直した。その点に関してはさすがだと思う。
「理解が早くて助かりますわ」
「困りますねぇ、それだけは」
保護者は俺の頭に手を伸ばしてわしゃわしゃと髪をかき混ぜた。本当にうっとおしいからやめてほしい。
「思いつめすぎて、一家心中してしまいます」
さすがに机の下でヤツの足を蹴飛ばした。
これ以上場の空気をひっかきまわすのやめろ。