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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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二十八話『整形外科と、所長と、それから』

「まさか、宗教団体一つ潰すとは思わねえよ」


 だいたいのあらましを聞いて、所長はそう苦言を漏らした。

 僕は笑おうとしてうまく表情が動かなかった。


 ここはいつもの病院――ではない。個人経営の整形外科だ。

 本当は姫香さんは設備が整っているところで治療したほうがいいのだけれど。

 なんでも普通に暮らしていたらつかないような傷や治療に来る頻度が多すぎてそろそろ怪しまれそうだということで、急きょ場所を変えたのだ。医者は所長の知り合いだから何とかなるが、看護師や事務が怪しんでしまう。

 整形外科の先生も所長、というか先代所長からの知り合いだそうだ。どんなつながりがあるんだよ。


 僕の頭には氷嚢ひょうのうを当てており、手にはガーゼと包帯、打撲した箇所にはシップを貼っている。

 だけど姫香さんはこんなもんじゃすまないだろうな。

 整形外科はすでに閉まっているので診察に来る人は居らず、ここにいるのは僕たちを回収しに来た百子さんと、あとから追いついてきた所長と咲夜さんといういつものメンバーだ。

 姫香さんの縫合の見守りとして咲夜さんと百子さんが診察室に入っている。男性組は外で待機というわけだ。あれ、百子さんって女だったっけ?


「確認するぞ。神、教祖、古参の信者。そいつらが今回死んだんだな」

「はい」

「………メセウスの会、壊滅じゃねえか」


 だよなぁ。

 もう後戻りできない状態にまで陥ってしまった。

 そして信者の皆々様もどこかに行ったようだし。僕と姫香さんがエントランスに行った時にはもうがらんどうになっていた。警備員のおじさんもいなくなっていた。


「…だいぶヒメが憔悴しょうすいしているのは、『かみさま』が死んだからか? それとも教祖の男に妙な暴言を吐かれたからか」

「おそらくは両方です。『かみさま』は…どうも、仲良くなっていたみたいで」

「…起きた時には死んでいたのは、ショックだろうな」

「でしょうね…」

「ヒメを庇ったのは『かみさま』側からもそういう認識だったのかもしれないな」

「それは僕からは何とも。それに彼女は、もう死んでしまいましたから」


 僕は顔を伏せた。

 案内役の女性の顔がよぎる。


「今更ですけど――誰かにとっての救いの地を僕自身が僕のために壊してしまったというのは…どうなんでしょう」

「どうもこうもねえよ。それについて俺は肯定も否定もしない」

「…ずるいですよそれは」

「だって本当のことなんだから仕方ないだろ。俺は別にツルのやらかしたことに怒りはするけど裁こうとは思わないんだから」


 あ、怒っているんだ…。

 たしかにここまで怒る暇なんてなかったもんな。病院の手配に、姫香さんの容体を見て、先生といろいろ話してって感じであわただしかった。ようやく今余裕ができた感じなのだ。


「ただ言えるのは、きちんと依頼をこなしたこととヒメを取り戻したことについて『お疲れ様』だ。これから後処理が大変なことになりそうだが、それはまあ…今考えることじゃねえな」

「……」

「それにメセウスの会に呑み込まれずに帰ってきたじゃねえかよ」

「あんなやつらに呑まれるわけにはいかない」


 僕は手を固く握りしめた。


「古参の連中についてまだ話していませんでしたね。『龍』『虎』の構成員が混じっていました」

「なんだと?」

「組織から逃げ出した元構成員という話でした。だから、あそこは何らかの組織からの避難場所だったんでしょう」

「…じゃあ、仮面を被った信者全員殺したのは」

「決まっているでしょう。三組織にかかわりがある人間だからです」


 所長が言葉を失ったように僕を見ていた。

 非難される謂れが分からない。

 今更非難なんてされても止まれない。


「だからって皆殺しにしたのかよ」

「そうですけど。別にいいじゃないですか、さらってきた人間を生贄にして殺しているような連中ですよ。死んだってかまわない」

「それは言い過ぎだ」

「だって!」

「俺が言いたいのは! 人間から遠ざかるなってことだ! あんたは長谷とかそういうのになりたいのか!」


 半分立ち上がりながらぐっと強く僕の肩を所長はつかんだ。ぎりぎりとした痛みが広がっていく。

 僕も反射的に所長の胸倉をつかんだ。氷嚢が落ちて、冷たい水滴が飛ぶ。


「あんたが何したって、何を思おうとも構わない! だけどな! そうやって自暴自棄になっていこうとするのはよせ! 不幸な自分に酔っている場合か!」

「酔いたくもなるだろう! 過去も未来もないのに、自暴自棄にならないでいられるかよ!」

「なんでもかんでもほっぽりだすのは楽だけどなぁ! そうやって耳を閉ざしているんじゃねえ!」

「それは所長が口を閉ざしてるからじゃないのか!?」

「ちょっと何しているの!」


 殴り合い寸前となった僕たちの間を割って百子さんが止めに入った。


「ここで殴り合わないで。ヒメちゃんを興奮させるわけにはいかないの、分かってる?」

「……」

「……」


 百子さんが無理やりに僕と所長の間にはいると交互に目を覗き込んで睨みつけた。

 さすがに姫香さんを引き合いに出されると何も言えなくなる。

 診察室のほうをちらりと見ると咲夜さんがこちらの様子をうかがっていた。僕と目が合うとスッと中に戻ってしまった。


「ケンちゃん。もう縫合済んで服着てるから、ヒメちゃんの様子見てあげて」

「あ、ああ」

「ヨヅっち。ちょっと一緒に外歩こう」


 百子さんの気遣いだというのは多少冷静さを欠いた僕でも分かった。

 だから、僕はその提案に頷いた。


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