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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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二十七話『大丈夫なんだ』

 さすがに人体が飛んできたので驚いたらしい。

 男はしりもちをつき、引きつった顔で千切れた手首を足で遠ざける。僕はそれを無感情に見ていた。

 一時的に黙らせることには成功したかな。

 だけど問題はここからだ。銃をもっていることが厄介極まりない。


 姫香さんが祭壇から降りようとしていたので過保護かもしれないけど抱きかかえて下ろしてやる。まだ薬か何かの影響があるのか、足元がふらついていた。


「掴まってください」


 返事はなく、だが姫香さんは僕の腕をつかんだ。

寝起きにショックなことが立て続いたせいで彼女は肩で荒く息をしている。というより過呼吸に近い。


「夜弦」


 いつもの平坦な声音に何かが付与されていた。

 きっと、それは憎しみ。


「あいつを――」

「殺します」


 食い気味に僕は続きを言う。

 姫香さんに、「殺せ」とは言ってほしくなかった。そりゃあ長谷の時だって僕が殺すまで彼女は意図的に止めなかったけれど。それでも彼女から直接の命令オーダーが下るのは、いやだった。

 せっかく掴まってくれたのに申し訳ないが手を離してもらい、床を踏みつけながら僕は男に近づいていく。

 銃弾が僕の横を通り過ぎる。姫香さんには被弾しなかったようだ。彼女に当たらないならいい。他の何にあたっても、僕にあたっても、いい。


「いつか後悔するぞ! その娘は、不幸をまき散らす!」

「そう」


 僕は足を振り上げる。

 銃が宙を舞って、固い音をたてて落ちた。暴発しなくてよかった。


「不幸か。母親を殺されることより、記憶を失うことよりもひどい事かな、それは」


 答えはない。

 たった今、僕が咽頭部を潰したからだ。


 銃を拾い上げて撃てる状況にあることを確認する。

 脅しでもなんでもなく、確実に僕たちを殺そうとしていたらしい。ならもう、することは一つだけだ。

 銃口を向ける。怯えた顔が僕の目に入る。


「お前が何をしようと誰を殺そうと関係なかったんだ。でも、僕の視界に入ってしまったから、お前は死ぬ」


 一発。当たらない。

 二発。当たった。肩。

 三発。当たった。腹。

 四発。当たらない。


 …予想はしていたけれど酷い確率だ。こんな近い距離で、しかも狙っているのは胸のはずなんだけど。

 僕はため息をついて男の胸倉をつかむと、口の中に突っ込む。

 いつかの姫香さんが艶めかしく舐めていたのを思い出す。あれは彼女だからできたものだよな。

 五発目。骨と肉と脂肪が飛び散った。

 確認するまでもなく頭がはじけているので僕はその場から立ち上がって生存者を探しに行く。呻いているのが何人かいたので片っ端から頭に撃ち込んでいく。

 銃のタイプ的に十五発装填かと思っていたらその通りだった。確かに殺したい気持ちはわかるけれど、殺意が強すぎるだろ。それにダブルアクションなんだから連射していれば僕を…もう終わった話だな。弾を使い切る前に殺し切った。

 とりあえずざっと指紋はふき取ってみたけれど、焼け石に水って感じがする。記憶を失う前の僕が警察のお世話になっていないといいんだけれど、そこらへんはちょっとわからないな。


 振り返ると、祭壇の上に横たわる少女を姫香さんがじっと見つめている。

 静かに歩み寄って姫香さんの横に立った。


 汚れた手を自分の服でこすって、少女のわずかに開いたまぶたをそっと閉じさせてやる。

 血をぬぐってやり、親指で口角を上に引いたが、あまり笑顔らしい笑顔にはならなかったのでやめる。


「……死んでいるのか?」

「…はい」

「私、殺したのか?」

「殺していませんよ、姫香さん。これは慰めでもなんでもなく、本当のことです」


 少し突き放した言い方になってしまった。

 それでもはっきりと事実を言わなければ彼女はずっと自分を責めてしまいそうだった。

 だって本当に、本当に殺していないのだから。


「私は…」


 姫香さんは白い少女の手を握り締める。

 もう二度と握り返されないその手を。


「私は、生きているだけで、だれか、殺す。私、死ぬはずのところ、誰か、代わりに死ぬ」

「そんなこと…」

「いずれ、私は、お前、殺してしまう」


 どんな気持ちで言っているのかを僕は知らない。

 そして今どんな気持ちで聞いているのかを僕自身分からなかった。吐き気に似た何かが僕の中を駆け巡る。


「だから」

「姫香さん」

「その前に、殺せ。今だ」

「僕は…!」


 姫香さんの肩を掴む。

 彼女は僕の突然の行為にびくりと体をこわばらせた。


「僕は……あなたを守るって…決めたんだ…」


 僕という存在を保つには誰かほかの存在に縋りつくしかできない。僕の中から大切な何かが崩れ落ちていくような感覚がしている。

 だからどうか縋る相手を僕から奪わないでほしい。死ぬこと、それが本人の願いだとしても!


 僕たちは見えない糸でがんじがらめだ。

 その糸でいつかは己の首を絞めていくだろう。

 今はもう物言わぬ白い少女はそれが見えていたのだろうか。


「…後悔、するぞ」

「しません。僕は大丈夫、大丈夫なんです」


 自分に言い聞かせるように何度も何度も繰り返す。僕は大丈夫だ。僕は大丈夫。

 何が大丈夫かなんて分かってもいないくせに。


 姫香さんの手をとって僕は出口へ向かう。

 一瞬抵抗をして、結局は姫香さんも僕の後を二歩ほど遅れてついてきた。


「…さようなら、私の友達」


 静かな部屋でぽつりと零された言葉は、残滓もなく消え去った。



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