第二十三.五話『ぐっばい、まいふれんど』
少女は、あまり儀式が好きではない。
面白みのない丸い部屋。その真ん中に立って取り出された贄の心臓を食べるだけ。
生暖かい赤色が噴き出すのは唯一面白かったけれど、髪から服から濡らしてしまうのは嫌だった。
その心臓だって食いちぎれないし、生臭くておいしくないのだ。
だけど飲み下せばみんな喜んでくれるから頑張ってかじった。
どうしてこんなことをするのだろうと、何度も『選ばれし使え人』なる男――坂本に聞いたことがる。
そのたびに坂本は言うのだ。
「あなたがあなたであるために、ここがここであるために、必要なものなのです」
少女には理解できない言葉だった。
教育を受けたことのない少女にはあらゆる情報が不足していた。
自分の出生すら知らない。それを疑問に思ったこともない。この組織に「お母さん」「お父さん」という単語はどこにも見当たらなかったから。
「あなたは『かみさま』です。定期的にそれを皆に知らせなければなりません」
『かみさま』であるためにはしなくてはならない事というのは理解できた。少女は『かみさま』以外の生き方を知らない。『かみさま』として生きていくのなら、しなければならないのだろう。そう思って聞くのをやめた。
たまに、贄とお話をすることができた。だけどもだいたいは怯えているか怒っていて、とても一緒に遊べる状態ではなかった。
そして不思議なことに、心臓を取り出した生贄とその後会ったことはない。
信者にどこに行ったのかを問えば「死んだのですよ」と言われた。
死ぬとはどういうことなのか無知な少女にはわからない。
きっともう二度と会えないことなのだろう、と少女は少ない情報を振り絞ってそう考えた。心臓を取られたら、どこか遠くへ行ってしまう約束なのかもしれない。
では、と。少女は思う。
今、目の前で横たわるこの黒い少女も――姫香もどこかへ行ってしまうのか?
さっぱり意味の分からない歌を聴きながら少女は考える。
一緒に外に出ようと言ってくれたのに、彼女もまたいずこかへ行ってしまったらどうすればいいのだろう。
同類であるというのはなんとなく分かったし、それだけで十分ではあった。だがもう一度会うには心もとない。あと、あの青年に再び会ったときに「姫香さんはどこ?」と言われても困ってしまう。
ちらりと小指に巻かれた自身の髪を見る。もしも姫香と少女の糸が繋がっていれば、どこに居ようと見つけ出せるのに、と残念に思わずにはいられない。
――ああ。
たったひとつ、いい方法を思いついた。
ここで自分が心臓をあげれば、もう一度姫香に会えるのではないか。
自分の家だ。帰ることに迷うことはない。加えて外の世界で自分を見つけ出してくれた姫香だ。もう一度探しに来てくれるだろう。
歌が止まる。
かすかに後方で扉が開く音。
姫香の首に巻かれている不可視の黒い糸が動いた。
目の前の信者が動いた。
振りかぶられる刃。
すべてがゆっくりと見える。
大きな赤い目が瞬きをする。
足が動いた。
擦れた足の裏が痛みを訴えたが、気にもならなかった。
姫香に覆いかぶさる。
あたたかい。
やわらかい。
生きている。
そう思うとともに背中に鋭い痛みが走る。
目がちかちかする。
悲鳴。
引っ張られるような感触。
背中から、何かが噴き出した。
一気に指先が冷たくなっていく。
呼吸は苦しくなり何度も息をしようとしてもちっともよくならない。
がくんと眠気が襲ってくる。
せめて、眠る前にもう一度姫香の顔を見ておきたかった。
力の抜けていく身体をどうにか動かして、頬を触る。
目を閉じた姿はとても美しくてお人形さんみたいで手放したくはなかったけれど。
いつのまにかそこにいる青年がどうしてもというのなら、仕方ない。今は引き下がろう。
「おにいさん」
言葉は出ない。
それでも、青年には、伝わっているようだった。
「このこ、ころしてあげてね」
黒い糸が姫香と青年を繋いでいるのならば、きっといつか、そうなるのだ。
そうしたら姫香はまた遊んでくれるだろうか。
青年は頷いたのを見た後に、少女は姫香の耳元に唇を寄せる。
「また、会おうね」
次に目覚めたところはどこだか分からないけれど。
それでもちゃんと探すから。そっちも待っていてね。
小さな箱庭の神は、血をまき散らして死んだ。