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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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二十二話『とりあえず死んでね』

 ばたんと重い音を立てて足元に死体が転がる。

 270度曲がった首が仮面越しに、恨みを込めた目で僕を見ているような気がした。

 痛みを感じさせなかっただけありがたく思ってほしい。


 ここは先ほどの仕事場。僕は案内人の女性と分かれてまっすぐ戻ってきた。

 たった今殺したのは竹刀をもって襲い掛かってきた人間だ。

 縛り上げられて動けない相手を殺すというのはさすがに良心が痛んだけど、運が悪かったとあきらめてくれ。そもそも、武器をもって襲い掛かってきたあの瞬間に殺すとは決めていたのだ。さすがに一般人の皆さんがいたからやめたけど。


 いくら閉じ込められて強制労働をさせられていたからといって、「分かりました、じゃあ殺しましょう! はいすっきりしましたね!」なんてしたらドン引きされるのはさすがの僕も分かる。所長なんて僕がうっかり誰か殺すたびにドン引きしているし。

 それに、新たに混乱させたら事態がややこしくなる。


「案内人は二人もいらないよね」


 怯える男の前に立ち、僕は笑顔を作る。

 残ったのは、僕がポキポキ指を折った男だ。話しづらいことこの上ないので仮面は取り去っている。


 僕はこう見えて人見知りなので、ここで初めてあった人とここまで一緒にいた人のどっちが話やすいかと聞かれれば後者を選ぶ。


「それで、『選ばれし使え人』に会いに行きたいんだ。どこにいるかは分かる?」

「ひ、ひぃ…」


 涙目で見つめ返された。

 仲間が目の前で死んだぐらいで情けない――が、まあ仕方ないな。僕も格闘技を教えてくれた人が瓶に詰められて帰ってきたときは泣いたし。

 これいつの時の記憶だ? 中等部卒業前ぐらいか。なんだ、ちょっとずつ思い出してきているようだ。

 いや、そういうのは後でいい。


 僕は少しだけ口調を柔らかくして話しかける。


「教えてくれればこれ以上酷いことはしないよ。君だって死にたくはないだろう?」

「こ、殺さないでくれるのか」

「まあね。あくまでも必要があってやっているだけで、面白半分にはしていないからね」


 一瞬男の目が揺らいだが、僕は指摘しない。

 相手の過去を追及はしない。僕は姫香さんの居場所さえ分かればそれでいいのだから。


「僕は夜弦。君の名前が知りたいな。いつまでも君呼ばわりは嫌だろう?」

「あ…、こ、近藤…」


 僕は下の名前で、相手は名字だけの紹介という非常にちぐはぐなこととなったがまあいい。


「じゃあ、改めて。近藤さん、『選ばれし使え人』の居場所は分かる?」


 近藤は頷いた。


「ごめんね、僕はまだ近藤さんを信用しきれてないから戒めを解いてはあげられないけど…。でも、自分で歩くことは出来るだろう?」


 ね? と顔を近づけて微笑むと近藤は高速で頷いた。ヘドバンかよ。


 バランスがうまくとれず立ち上がれない近藤に手を貸してやる。

 びくびくしているけど、そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。僕が何をしたというんだ。指の骨折ったな。あと目の前で人殺したな。


 仕事場から出て(オートロックの暗証番号を素直に教えてくれた)人気のない通路を歩く。


「この辺りはアナログな鍵なんだね。全部オートロックだと思ってた」

「オートロックといえど、番号を知っていれば開けられますから…」

「ああ、僕みたいに」

「……。自室のカギは自分で所持していたほうがいいと、『使え人』は言っていました」


 『選ばれし使い人』はあんまり人のこと信用できないタイプなんだろうか。

 案内ビデオじゃあんなに人懐こそうな態度だったのに。まあ、態度なんていくらでも変えられるからな。


「ここです…」

「それっぽいね」


 何度か角を曲がった後、近藤が一つの扉の前で止まった。

 これまでの無機質な扉とは違う、装飾がなされた立派な扉だ。


「すいませーん。僕ですけどー」


 ノックをしてみたが、まるで反応はなかった。

 ドアノブを回してもピクリとも動かない。不在か。


「しょうがないなあ…。まさか一日に二回もやる羽目になるとは」

「ど、どうするんです」

「離れて」


 手短に指示すると近藤はクエスチョンマークを頭に浮かべながら下がった。


 扉と扉の反対側の壁の間はあまり距離がないが、二、三歩助走が取れるだけでもいいだろう。

 尻とかかとが付くぎりぎりまで身を沈める。息を吸い込み、短く吐きだした。

 心のタイミングと体のタイミングがかち合う。

 バネのように僕は足を踏み込む。


 いち、に!


 跳躍し、ドアノブ付近に両足を叩きつけた。

 バキンと何かが破壊される音と共に扉が開いた。


「開いたぁ!?」

「馬鹿では!?」


 うまくいくとは思っていなかったので近藤の叫びを聞きながらそのまま地面に転がる。受け身が取れる体でよかった。一度転がってから立ち上がる。

 ドアノブは無残な壊れ方をしていた。

 僕が閉じ込められていた場所よりも耐久がないと思っていたが、監禁室と比べてはいけないだろうな。


「人がいないね…」


 中をぐるりと見まわす。

 ノックして無反応だったから期待はしていなかった。居留守という場合もあるけど、人の気配はどこからもしなかった。


「わ、分からない…。さすがにスケジュールを知っているわけでは、」

「そうだよねぇ。とりあえず、案内ありがとう」


 僕は近藤と真正面から向き合う。


「ところでさ」

「え?」

「三澤って、『虎』の構成員だったんだって。近藤さんはどっから来たの?」


 突然の質問に近藤は目に見えて狼狽える。

 答えるべきか、迷っている風にも思えた。


「そんなに警戒しないでよ。純粋な好奇心だから」

「知っているんですか、『虎』とかを…」

「ちょっと色々あってね。近藤さんはそういうのには所属していなかったの?」

「いや…『龍』に昔」

「ふうん」


 手近にあった花瓶を手に取り、そのまま近藤を殴りつけた。反応する時間も与えない。

 派手に花瓶が割れる。かけらが散らばり、近藤は床に倒れこんだ。

 僕は大きなかけらを一つ手に取り男の頸動脈を断ち切る。血が噴出し、カーペットを濡らしていった。


 なんで、と近藤の口が動いた気がした。


「うん、ほら。君の死は必要であったし、僕はいつだって面白半分に人は殺していないよ」


 言い訳をしてみたが、はたして耳に届いたかどうか。

 三澤がここに逃げ込んだという話を聞いて、なんとなく三組織の構成員の逃げ場所ではないのかと思っていた。三澤が珍しいケースという可能性もあったが。

 仮面を被っているのは、三組織間で恨みつらみがあるから逃げ込んだここでトラブルが起きないように素性を隠させたのではないのか、とも。そんなことしてもいずれは知ることとなるかもしれないけど仮説にいちいち突っ込まないでほしい。


 三組織に所属していたということだけで、僕が殺す理由には成り立つのだ。

 だって全部殺すと決めたのだから。

 吐き気を伴う頭痛に足元がふらつく。こめかみに手を当てて目を閉じ、じっとしているといくらかマシになってきた。

 この頭痛もいつまで付き合わないといけないのだろう。


 死体を置き去りに、主のいない部屋を勝手に漁る。

 しかしセンス悪いな。全体的にバランスが悪すぎる。


 二人分のティーカップがテーブルに置かれている。

 液体が残っているカップを触ってみるが、ぬくもりは感じない。誰かさんのお茶会から時間が経っているようだ。


 鍵のかかった本棚の裏にもしや隠し扉がないかとうろうろしているとゴミ箱に足が当たりひっくり返してしまった。

 焦りとともに足元を見て、思考が一瞬止まる。


 ――見慣れたチョーカーとイヤーカフが、そこにあった。


「……失敗したなあ」


 近藤を殺すのは早すぎたみたいだ。

 問いただしたいことが湧き出してくるのに、答える相手がいないんじゃしょうがない。途中までは結構うまくいっていると油断したのがいけなかったな。


 ともかく、チョーカーとイヤーカフを拾い上げてポケットに大切にしまい込み、手篝がないかあたりを見回す。

 ふと、目を止める箇所があった。こんな地下なのに暖炉がある。エアコンがついている部屋なのになんとも珍妙である。

 暖炉を探ると壁に切り込みがあった。少し隙間がある。そっと押してみると、壁が動き、人一人通れるぐらいのスペースが空いた。


 中を覗き込むと僕なら背をかがめて通れそうな狭い通路がある。

 床に指を這わせてもほこりは付着しない。そこまで放置された場所ではないようだ。


「……行くか」


 考えている暇はない。進もう。

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