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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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二十一話『何をしてくるか』

 見れば、僕らの周りを取り囲んでいる、ざっと三十人ほどの人たちは手に手にパイプ椅子を抱えていた。

 女性の手を借りて立ち上がった僕は、人でできた円の中心から逃げる。いつ椅子の雨が降るんじゃないかとハラハラしてしまう。


「いきなりで申し訳ありませんが、婚約者いますよね? 松岡さんという男性」

「え、ええ…あなたは?」


 本当にいきなりの質問だったが、女性は素直に答えてくれる。

 自分で言うのもなんだけど、こんな得体のしれない人間に声をかけちゃいけないと思う。


「彼から依頼を受けた探偵です。あー…失礼ながら、名刺がないので信憑性はないでしょうが」


 作ったこともない。

 いるかどうか問われた記憶はあるが、断った記憶がある。たぶんその時面倒だったのだろう。

 作ったところで持ち歩いていないなら意味ないんだけどさ。


「『メセウスの会』から連れ戻してくれとの依頼を受けて、」


 女性は僕に抱き着いた。

 僕はぎょっとする。


「あの人が…よかった…本当に、よかった…」


 松岡さんに見られたら浮気判定待ったなしではないか。

 などと思いながら周りに助けを求める目を向けると代わりに生易しい視線だけが返ってきた。ひどくない? 僕探偵事務所の外でもこういう扱いなの?

 女性を慰めることを今までしてきたことがないので、失礼ながらいったんこのままにしておく。

 僕はもう一度周りを見る。


「ここのみなさんは、なぜここに?」

「閉じ込められていたんだ」


 誰かが言う。誰かがそれに同意する。


「表で言っていることは夢物語さ。ここの考えに納得がいかなくて出ようとしたら、こんなところに収容されちまった」

「ずっと働きずくめだ」

「外にも出れないし、連絡も取れない」


 不満が一気に広がり、大コーラスとなっていく。どれほどの扱いを受けていたんだ。

 収拾がつかなくなる前に僕は両手のひらを出して、とりあえず静かにしてもらう。

 突然やってきて乱闘をしていたというのにみんな素直に僕の言葉を待ってくれていた。気恥ずかしい。


「もとより皆さんをここから出すために僕はやってきました」


 わっと周りが沸いた。


 さあどうだかね、と冷静な部分がせせら笑う。

 うるさい。嘘も方便だ。


「そしてもう一人、探している子がいるんです。黒いドレスの女の子です。知りませんか?」

「知らないな」

「おれ達はずっとここに居たから…」

「そう、ですか…」


 姫香さんがいないんじゃ、意味がない。

 がっくりと肩を落とした僕を見ていたたまれなくなったのか、誰かが慌てて言う。


「詐欺師…『選ばれし使え人』なら何か知っているかもしれない」

「えっと…?」


 誰だっけ。


「ここで一番偉い人だよ」

「そんなことを聞いた気がします。その人はどこに?」


 最後の質問は囚われていた人々ではなく、床に転がっていた男たちに対するものだ。

 たがが投げられたり人と強くぶつかったぐらいでこんなに動けないわけないだろう。いや、本当に動けないのか? どうだったっけ。まあいいか。


 指の骨を折ったほうの男はぴくりともしないが、竹刀を持っていた男は仮面を被った顔で僕を見上げた。元気じゃないか。耐久力がありそうだ。


「死んでなくて何よりです。で、どこに?」

「……」

「残念ながら、僕は平和主義者ではありません」


 ね、と周りを見る。

 僕が話しているから男たちにパイプ椅子が降り注がないのであって、話が終われば即座に囚われていた人々は殴りかかりにいくだろう。そのぐらいの恨みを、感じる。

 女性をそっと引きはがしてそばにいた人に任せる。


「ここから外に出る方法を教える。そして、ナントカ使え人のもとへ案内すること。それだけで生存確率はあがりますが、どうします?」


 僕はかがんで、ささやく。


「ちなみに、三澤は死んだよ」


 それを僕が言うのはどういう意味かを考えてほしい。

 幸いなことに言葉の意味を分からない馬鹿ではなかったらしい。きちんと自分の立場が分かるというのはいいことだ。

 きちんと吐いてくれた。信憑性を上げるために何本か指を折りはしたけど。

 そしたら周りの人たちがちょっと僕によそよそしくなったけど。それは仕方ないことだろう。




 暗証番号を解いて外に出る。薄暗い通路に出た。あの二人は縛って放置。

 一人がエントランスへの行き方を知っていたので時間をかけて迷わずにエントランスにたどり着けた。

 数時間ぶりの外である。

 冬なこともあり、どっぷりと日は暮れている。そんな長い事居たのか。


 約三十人の囚われていた人たちは窓口に殺到していった。

 僕はそれを遠目に眺めた。あーあ。窓口のお姉さんひどく怯えているなぁ。警察も呼ぶに呼べないから尚更だろう。


 ふと視線を感じたのでそちらを向くと、案内人の女性が隠れるようにして僕を見ていた。

 目が合うと案内人の女性はわずかに手をあげて僕を呼ぶジェスチャーをする。

 罠を疑うが、なにかあったらこの暴徒とかした人たちに声をかければいいか。人海戦術だ。


 そっと場から離れて案内人の女性のほうに歩いていく。

 電気のついていない通路で僕たちは向かい合った。


「心配しましたよ。突然消えて」


 言葉とは裏腹に、非常灯に照らされたその顔は無表情だ。


「僕の荷物はどこに?」

「あなたが下に行ったと聞いたので回収しました。まだあの窓口にあるでしょう」

「知っていたんですか、ここのこと」

「こちらに少し長くいましたからね。多少は分かっています」


 悪びれる様子もなく、案内人の女性は言う。

 まったくの無垢ではなかったのか。それはそれで、安心した。

 この人に同情をしなくて済む。


「あなたは、地下で何をしてきたのですか? ずいぶんな騒ぎを作ったようですが」

「取り戻したい人がいるんです。それに、許せない存在もいたので。何をしてきたか・・・・・・・、ではないです。何をしてくるか・・・・・・・と聞いてください」


 表情を完全に消した僕らは、もはや相手を煽ることしか頭にない。


「……何をしてくるのですか?」

「僕はここを壊します」


 さすがに罵倒を覚悟した。

 それでもはっきりと言う。

 曖昧に流していい場面ではないと思ったから。


 女性はたっぷりとした沈黙の後にかすれた声を出した。


「ここがわたくしたちの縋るべき場所だとしても?」


 僕は一度目を閉じる。

 何が正しくて、何が間違えているのか。

 目を開けて僕は真正面から女性の目を見つめ返した。


はい(・・)


 何も正しくなくて、何も間違えてない。

 僕は僕を信じる。

 それだけだ。ずっとそうしてきたんだ。


「…聞かないのですね。ここを失ったら、わたくしたちはどうするのかなども」

「僕の世界ではないので」


 首をわずかに傾げながら僕は続ける。


「僕は、僕の世界の外で起こる話は知りません。あなたが死のうと、誰を殺そうと。関係ないとは言いませんが、僕の見える範囲外の出来事です」

「…そうですか。なるほど、あなたには、神様の存在は不必要だったようですね」

「それは――どうでしょうね。神様と同等の存在は、必要なのかもしれません」


 案内人の女性は口元だけで笑った。

 冷ややかな、そして呆れを含んだ笑いで、それはこれまでの表情よりも一番人間らしいもののように僕には思えた。

 正直僕はそのような顔を向けられるとは思っていなかったのでわずかにたじろぐ。


「それはわがままというものです」

「…存じています」


 僕は肩をすくめることしかできない。


「では、息災で…というのは今一番僕から聞きたくない言葉ですかね」

「そうですね。今、わたくしは…わたしは。あなたに声をかけなければよかったと悔やんでいます」

「その後悔は少し違います。どちらにしろここには来ていましたから」


 姫香さんがさらわれたことがこの騒動のすべての始まり。

 だから声をかけていようがいなかろうが、姫香さんが絡んでいたらどちらにしろこうなっていたのだろう。


「…そろそろあなたも逃げるなりしたほうがいいのでは? 半強制的に閉じ込められていた人たちにリンチを受けたくないのなら、こんなところで油を売っている場合でもないでしょう」

「そうやって、視界に入った人間には優しくするのですね。まるで――」


 皮肉を含んだ声音は、僕を苦笑させた。


「――まるで、神様のよう」


 いっそ神の目をつぶせば、みんな不幸になっていいかもしれない。



 僕は騒ぎから身を引き、案内人の女性を置き去りにして、地下に潜る。

 姫香さんを助けに行く。

 そして、もし。もし三澤のような人間がいたら――殺そう。

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