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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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十七話『たかが』

 ひゅん、と風切り音と共に鋭い右ストレートが飛んできた。

 体ごと逸らして軌道から逃げるが、空気の鞭が頬を打つようだ。

 これで四回目の避けだ。しかも、余裕をもって行ったとは言い難い。


 三澤の全盛期の技量は知らないが、相当強かったことが伺える。しかもそれに加えて随分とやる気に満たされているようだ。

 あの気絶パンチは全力ではなかったらしい。力加減しているにしても痛かったけど。

 『メセウスの会』じゃ暴力沙汰は禁止って紹介ビデオで言ってただろ。なんで力が健在なんだよ。

 などと悠長に考えていたら横なぎに手刀が飛んできたのでかわす。


「逃げるばかりか!」

「逃げるなってルールは知らなかったな!」


 しかも視野が確実に狭い仮面を被ったままなのだから驚きだ。

 ハンデを貰っているようでどうにも気分がよろしくない。


「…その仮面はずせよ。それじゃ勝ってもうれしくない」

「心配は無用だ。貴様は死ぬ」

「分かりやすい。おしゃべりな奴よりは好ましいね」


 避け続ける僕に対して、三澤は一度攻撃をやめた。体力の消耗を考えてのことだろう。


「何か重要な意味を含んでいるんだな? それ。隠しているのは顔じゃない。何だ」

「罪だ」


 僕はふっと息を吐いた。

 質問に適切な答えを返してくれるとは。話やすすぎてびっくりしている。

 これまでまともな人間がいなかったから尚更だ。逆に異常な気がしてくる。


「罪…ね。殺人かなにか?」

「あいつを見捨てたことへの懺悔だ」


 そんなに後ろ髪引かれていた出来事だったとは思わなかった。

 なるほど。

 じゃあ本気になって僕を殺しに来るわけだ。仇だもんな。


「助ければよかったのに。敵はたかが僕一人、人一人だ。どうして怖がっていたかは知らないけどさ」


 三澤は強くこぶしを握り締めた。

 そうして、声を上げて笑う。


「あっはっはっは! はは、たかがだと!? たかが! そうか、そうかよ! そういう認識だったのか!」


 笑う意味が分からず僕は困惑する。

 そんなに面白いことをいったつもりはないのだが。


「ああ、面白い! なるほどな! 自分が化け物だと思っていないんだな、貴様は!」

「……」

「よく考えろよ…少なくとも『虎』に所属する人間は殺人に慣れていた。人が死んでいくことに、流す血に、自らの手で命をつぶすことに慣れていた」


 どの組織も人を人と思わず弄ぶことに抵抗がない。

 頭のネジがはずれたやつらばかりだ。


「その人間を、一人で! 一人で片っ端から殺していくんだぞ。四十人五十人の血と悲鳴を浴びながら、無表情で人を殺す化け物が、怖くないわけないだろう!」

「……」


 そうだったのか、としか言えない。

 化け物呼ばわりも仕方がないかもしれなかった。


「化け物には人間様の気持ちなんて分からないだろうな!」

「お前も人間じゃねえよ」


 僕は言う。

 三澤の笑い声が止まる。


「人を殺したヤツは人間じゃないんだ。復讐であれ、快楽であれ、理由は関係ない。人間ではない」

「貴様…」

「僕は化け物だ。それでいい。つまりお前は、化け物一匹に怖がって仲間を見殺しにした人間ではないなにかだ。…いいよな。『かみさま』はそんなやつでも救ってくれるんだ」


 入信したくなってきた、なんて口にはしないけど。


「いいよ。その恥ずかしい罪を隠したまま僕を殺せよ」


己の無力を後悔して、ひとを恨み『かみさま』にすがる。

自分を正当化しひた隠しにしたままずっと。


 羨ましいとさえ思う。

 僕もそうすれば人を殺さず生きてこれただろうか。

 お母さんをころされた無力さを誰かのせいにすれば、ここにいなくて済んだだろうか。

 ――終わった話だ。


 記憶を失っている時点で僕もあらゆることから逃げているのだろう。

 ああ、もうすぐ過去が僕を殺しに来る。なんとなく、そう思えた。


「その代わり僕はその仮面を砕いてお前を殺す」


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