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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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十五話『誰があの子を殺すのか?』

 気づけば扉にこぶしを強く打ち付けていた。

 びりびりと肉と骨に衝撃が走り、その痛みでどうにか冷静さを保つ。


「…話が飛びすぎだ。連れ戻せって言ったり、死なすのはどっちかって言ったり。君は何がしたいんだ?」

「難しいことをいったかしら?」

「一貫性を持てってことだよ。殺すために僕と姫香さんを引き合わそうとしているのか」

「だって」


 白い少女は、僕がどれほどに感情をぶつけても依然として平静で――いや、やはり理解していないのだろう。僕がどうして怒っているのか、その理由を。


「お兄さん、あの子を殺したいんじゃないの?」

「……そんなわけない」

「ふうん」

「君は…どうなんだ。君は何で彼女を殺すんだ」


 わたし? と白い少女は首をかしげる。

 現実離れした姿にそのしぐさは異様に似合った。


「ずっと遊びたいし、ずっとおしゃべりしていたいけど。だからもう少しいっしょの時間をのばしたいとは思うんだけど」

「けど?」

「あの子がイケニエとしてここに来たからね、わたしも『かみさま』だからひめかちゃんに死んでもらわなきゃならないの」


 ニエってやっぱり生贄のことか。

 待て、そうすると姫香さんが生贄ってことで相当まずい状況なのではないか。


 クソ、そうだよ。なにやっているんだ。

 感情に任せて小言と文句言ってる場合じゃなかった。僕はどれだけ馬鹿なんだ。

 姫香さんを取り戻すために来たのにいま彼女がどこにいるかも知らないままだった。


「姫香さんは今どこに?」

「分かんない。いつもイケニエがどこにいるかなんて知らないもの。ひめかちゃんは特別だったのね」

「…そうか。ここの鍵持ってる?」

「ないわ」

「だよね」

「どうして?」

「どうしてって、出るからだ。ゆっくりしている暇はないということに気づいた」

「ひめかちゃんを殺しにいくの?」

「殺さない…殺さないよ」


 どうしてか、絞り出すような声だった。

 はっきりと否定をしたいのに気持ちの悪いとっかかりがそうさせてくれない。

 落ち着け。きっと僕は慣れない環境下で落ち着いていない。揺らぎすぎているんだ。


「殺したくないのね」

「当たり前だ、彼女は僕の…。いや、そういうのはいいんだ。あの人を大事にしている人たちがいるんだよ」

「ひめかちゃんは、そうじゃないようだったけどなぁ」


 少女の声は、いやに耳に残る。

 不快というわけではないがへばりついて離れない。


「糸がそうだったもの。おにいさんとひめかちゃんを結ぶ糸を、ひめかちゃんはきつくきつく結んでいたから」


 僕は姫香さんに何もしていない。

 同じように姫香さんは僕に何もしていない。

 だからそんな物騒な関係になるはずがないのだ。

 ないはず、なのに。

 頭がじくじくと痛むのはなぜなのか。


「嫌がってたりするとね、結び目が緩かったり巻き付いているだけだったりするんだけど。ひめかちゃんは大事に大事にしていたの」


 白い少女は自分の首に手を当てた。

 姫香さんに繋がれている糸がその部分にあるというように。

 言わずもがな、人体の弱点だ。


「だからね、わたしのイケニエになるより、お兄さんに殺されたほうがいいんじゃないかって」

「……」

「幸せって、わたしにはわからないけど、きっとそれがひめかちゃんのしあわせなのよ」


 僕はそうだとも違うとも答えられなかった。

 死は自分で選ぶものだとは、僕の口からはとても出せない。

 いったい何人の死を僕が決めてきたというのだ。そこに後悔はない。

 しかし断罪だってできるはずがない。それはあまりにも棚に上げすぎだ。


 少女は僕の反応を待っていたようだったが、何か気が付いたように小さく声を上げた。


「あ、そろそろお部屋行かなきゃ。それじゃあ、お兄さん、ちゃんと殺してあげてね」

「……」


 念を押すように、彼女は言った。

 まるでそれが確定しているかのようにはっきりと、無邪気に。


「本当に不思議な糸の結ばれ方してる」


 去り際に白い少女はぽつりと零す。


「気を付けてね。もしかしたらお兄さん、切っちゃいけない糸を切っちゃうよ」

「…はは。まるで神託みたいだな。君は神様か何かか?」


 それは笑む。


「わたしは『かみさま』よ?」





 静かになった通路。

 僕は頭痛に悩まされながらも扉と対峙した。

 俗にスナップキックと言われる蹴りで緩んだ鍵を何度も蹴る。

 蹴って、蹴って、そしてガチンとそれまでにはない音を聞いて手ごたえを感じる。


 生活環境最悪な部屋に別れを告げる。

 さて、どちらにいけばいいだろうか。


 考えを巡らしていると視界の隅に入り込む影があった。

 ある程度予想しながらそちらを向くとやはり大当たりだった。


「…来るとは思ってたけどね」


 のっぺりとした仮面をつけた男が、三澤という人間がそこにいた。



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