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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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十四話『糸』

 どんな顔をしてこの少女と顔を合わせればいいのか悩んだがもうどうにでもなれだ。

 挨拶はなしに、僕は疲れた笑みを浮かべた。


「お兄さんのところ、さみしいわね。ここだーれもいないわ」

「そうだね。…君の案内にちょっと文句があるんだけどいいかな」

「もんく?」

「そう、文句。君、もしかして僕をはめた? あの三澤とかってやつに殴られてたんこぶ出来そうなんだけど」

「みさわは怖くてきらい」

「そういうことじゃなくてね」

「お兄さんはひめかちゃんの近くにいたほうがいいなって思ったの。でもあっち側にいるとすぐに帰っちゃうでしょ? だからここにいてもらいたかったから、みさわをよんで中に入れさせたのよ」


 何言ってんだこの子。指示語が多いから分かりにくいぞ。

 あれか、僕と姫香さんの繋がりが分かったうえで傍にいさせようと考えたけど、見学者は帰ってしまうから帰らないように誘導したってことか。自分からそうしたとはいえ、帰れないんだよなぁ。

 要するに僕を引き留めた――はめたってことになる。


「なんで僕が姫香さんのそばにいたほうがいいと思ったんだい?」


 少しだけ早口になる。

 いつ誰がここに来るかわからない。その前に脱出を図りたいし、そのために情報が欲しい。


「ひめかちゃんとつながってたから」

「繋がっていた…?」

「『使え人』たちに連れていかれちゃうともう会えないの、わたし知ってるの。ひめかちゃんもきっとそうなる。でもお兄さんならひめかちゃんを連れ戻せるでしょ?」

「…君はなんとかできないの?」

「みんな力が強いからだめ。お話も聞いてくれないし。でもお兄さんなら強そうだから、いいなって」


 おいおい、僕は見た目好青年のただの探偵だぞ。

 いままでやらかしたことから目を背ければな。


「…ところで姫香さんと繋がっているなんて分かったのかな。そんなにわかりやすい顔していた?」

「糸がつながっていたから」

「…糸?」

「糸にはたくさん種類があってねえ、ピンク色の糸は好きでー、赤色はらぶらぶでー、かわいい色で好き!」

「いや、君ね…。僕はそういうことを聞いている場合じゃないんだ」


 少女は床をつま先でつつく。まるで何かをいじるように。

 幻覚でもあるのかと思ったけど、相手の目から罪の有無が分かる姫香さんってケースがあるから一概には笑えないんだよな。

 適当に僕と姫香さんの関係を言い当てたわけでもあるまい。

 人との関係を表す糸とやらが彼女には視える――ということにしておこう。


「紫色はなんだっけ、うや…うやまってて、茶色はあんまり仲が良くないってことでね、黒色は死んでしまえとか、ころしたいって意味なの」

「……」


 暗い色になるにつれてこう、きっつい意味になるんだな。

 黒色とか最悪じゃねえか。


「…なんだい、君の周りはずいぶんぎくしゃくしているじゃないか。その糸がつながっている人間にいちいち聞いていく無作法でもしたのかい?」

「そうよ。ふしぎだったからいろんな人に聞いてったの。怒られたり泣かれたりもしたかな。あんまりやるなって言われたわ」

「一生しないほうがいいと思うけどね。そのほうが身のためじゃない?」


 少し嫌味も混ぜたつもりだったのだが、少女は全く意に関さない。

 スルースキルがあるのか、言葉の意味が分からなかったから反応しないのか。どちらでもいい。僕の感情の一端でも味わってほしいだけだ。話をこじらせたいわけではない。断じて。


「お兄さんはさ」


 少女は。

 『かみさま』は。

 小首をかしげて、僕を見る。

 赤い目に僕が映る。


「どうしてそんなにひめかちゃん・・・・・・をころそう・・・・・って思って・・・・・いるの・・・?」


 悪意のない口調から飛び出した言葉は、予想以上に僕の胸をえぐった。


「え…」

「ひめかちゃんは真っ黒。いろんな人から死んでほしいとか、仲悪かったりとか、すごいよ。どれもこれも細いから遠くの人かな。わかんないけど、ぐるぐる巻き」

「僕から、彼女に、黒い糸? 何かの間違いだろう」

「間違いじゃないわ。わたし、これしかみんなより立派に出来ないけど、みんなよりすごいもの」


 だって、なんで僕が姫香さんを殺したいと思わなくてはいけないんだ。


「お兄さんもすごいかなぁ。お兄さんはいっぱいの人に死んでしまえーって思っているのね!」

「……」

「あんまりそういう気持ちはわからないけど、きっとみんな持つものなのね。おうちじゃ、かわいい色なんてちょっとしかないもの」


 きっとこの子は、人の害意を正確に理解できていない。だからいかなる害意が彼女を襲ってもそれらは彼女を傷つけられない。それは少女にとって無いも当然なのだから。

 そうでなかったら仮にすべてに対して殺意を抱いている僕に馬鹿正直にそのようなことを言えるわけがない。

 僕がここから出て危害を与えてこないという安心もあるだろうけど、だからと言って何もされないなどというのは慢心すぎる。

 ここは音までは遮断されていない。だから暴言を叫ぶことも、怒鳴り散らすことも、少女を傷つけるようなことだって言えてしまう。

 それでも少女はずかずかと人の心に踏み入る。


 話を聞く中でも他人への思いやりや配慮が抜けているような気がするんだよな。

 彼女は、幼少期から『かみさま』として育てられたのだろうか。普通の人間と接する機会も少なく、人として欠如したままここまできたのかもしれない。


 ああ、どうにも既視感があるような気がしたら。

 姫香さんも、似たような感じではないか。

 ただあの人は害意を理解していながら害意を避けようともしない。


 無意識に扉を爪でひっかく。

 錆が爪の中に入る。僕はひっかき続ける。

 吐き気がする。


 僕が、周りに死ねだって?

 姫香さんを殺そうだって?


 どうしてそんなことを。

 身に覚えがない。

 まったく、そんなことを考える、覚えが、ない。



 ――本当に?



「ねえお兄さん。決めようよ」

「……なにを?」


 少女は手を持ち上げる。

 僕には視えないが、きっとそこにも糸はつながっているのだろう。


「わたしか、お兄さんか。どっちがひめかちゃんを死なせるのかって」

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