十四話『突入メンバー』
◯
ワンボックスカーの車内。
移動しながらみんなで録音してあった所長vs犯人の通話内容を聞いていた。
……。
この場にいなかったことが悔やまれる…。
殴ってでも止めたのに…。
どんどんテンションあがってんじゃん…。
一緒にいたという姫香さんは普段から所長の行いをスルーしているんだかでそこまで干渉しない(その前に百子さんが折檻する)。
でも度が過ぎると手の甲を抓りあげたりしているのは見たことあるから、これはまだ彼女の中で許容範囲だった可能性もある。範囲広い。
もう今更どうしようもないからああだこうだ言うのはよそう。
たが、文句だけは言わないといけない。
「なに挑発しているんですか所長!」
僕は叫び、
「この…この馬鹿! アホ! ケンちゃんはどうしてそう、馬鹿なの!」
百子さんは戦慄き、
「そういう人ですよね、あなた」
咲夜さんは呆れた。
非難を浴びに浴びた所長はまるで反省する素振りもなく腕を組む。
「ついうっかりやっちまった」
「最低だよ〜!!」
「ほんのお戯れだよ。あっちも今頃は落ち着いているだろ」
「添田君になにかあったらどうするのこのハゲ~!!」
「スキンヘッドと言え」
訂正するとこかそこ。
「この通話で添田息子が殺されているなら、もっと前に殺されているだろ。多分まだ生きてる」
「その根拠を聞いても?」
咲夜さんが硬い声で聴いた。
「『弱小事務所』。個人の携帯番号なのにそんな事言っていただろ」
「ああ…」
「これは何処の電話かと添田息子から聞き出したと考えている。だからそんな言葉が出てきたんだろ」
「…彼は交渉のネタとして生かされているか、それとも本人も必要で生かされているか。どっちだろう…」
整理も兼ねて口に出してみる。できれば後者だといいな。
用済みでズドンなんて報われない。
「交渉ね」
言葉を挟んだのは事務所のメンバーではない。
それまで黙っていた運転席に座る四十代ほどの男性だ。ちなみに助手席に咲夜さん、一列目に所長と百子さん、二列目に僕と姫香さんだ。
咲夜さんの同居人、確か前原籠原と名乗っていた。苗字が一緒だからただの同居人じゃないと思うんだけどそこは触れない。
咲夜さんが足として引っ張り出してきたらしい。こんな夜にいい迷惑だっただろう。こっちとしては助かったが。
「向かっているところは人気のないところだ。連中の欲しがっているものと添田息子をトレードして穏やかに終わるセッティングとは思えないが」
「そうですね、この場の全員が考えていることでしょうが…俺らを始末するつもりだと思っています。今全員できなくても、事務所の位置は分かっている。翌日ゆっくり始末していけばいい」
前原さんが年上だからなのか所長は丁寧な言葉使いでそう言った。
正直気持ち悪いぞこれ。
「俺が直前に"出勤するな、逃げろ"――なんて言ってしまう可能性だってありますが。そしたら相手だって次の手を考えるでしょう」
「ふうん…。こっちはどうすればいい。悪いが戦力に期待されちゃ困る」
「大丈夫です。頼むのは俺らの回収を…そうだ、百子。あんたは車で待機」
「え~。なんで」
「いざというときの通報係。あとはそうだな、添田一族の周辺洗って無線で教えてくれればいい。ゆすりに使えるだろ」
「またそうやって簡単に~」
百子さんはむくれた。
まあ、ちょっと鈍くさいところもあるから庇えない。本人も分かっていて後方支援するわけだけど、やっぱり除け者にされているのはいい気分ではないはずだ。
ちゃっかりノートパソコン持ってきているから予想はしていたんだろうけどね。
「じゃあ、私と、所長と、夜弦さんの三人で現場に――」
「姫香も行くぞ」
頷く姫香さん。
「は…っ?」
咲夜さんは言葉を失った。
僕としては、てっきり行くものだと思い込んでいた。じゃなかったら所長はハナから連れていかないだろう。
彼女は強いわけではない。速いということも、力があることでもない。
だから咲夜さんの反応は当たり前のことだ。そりゃ戦場に女の子放りだせないよな。
だけど、百子さんには百子さんの役割があるように、彼女には彼女なりの役割がある。
漠然とはしているけど、確信はある。
「危ないですよ」
「こいつの修羅場くぐりは並みじゃない。それに多少は向こうも油断するだろう」
「ヒメちゃんはね~。運は最強だから」
「でも……」
助手席から咲夜さんが微妙そうな顔をのぞかせる。
それに対して姫香さんは強く頷いた。
「だいじょうぶ」
おお、音声付きだ。
「…はぁ。分かりました」
本人が言っている以上は止めるのは野暮だと思ったのだろう。咲夜さんは引っ込んだ。
大丈夫って言う根拠はちょっと分かっていた。なーんか姫香さんから火薬のにおいがするんだよ。
さっきから大事に抱えているもの、それ多分ホルスターに入った拳銃だよね。
さすがに丸腰で突っ込むつもりはないらしい。やる気満々。
「そろそろ目的地だ。準備はいいか」
前原さんの声に、僕たちは無言で肯定を示した。