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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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十二.五話『ふりーうぇい』

 ベッドに腰かけ、白い少女は足に包帯を巻かれていた。

 裸足でアスファルトをかけていたために見過ごせない怪我をしてしまっていたのだ。

 処置の間は動かないよう言われてしまったので、白い少女は身体を捻り同じベッドに横たわる黒い少女の寝顔を眺める。

 いや、黒かった少女というべきか。身に付けていたものはそっくり外され、今は白いワンピースに身を包んでいる。

 整いすぎた顔はまるでお人形さんみたいだ。そう思いながら頬をつついてみる。

 黒い少女はわずかに顔をしかめたが覚醒までには至らない。


「起きないよ」

 

 『かみさま』の訴えに、のっぺりとした仮面をつけた信者ふたりは苦笑いのような吐息を漏らした。

 当然、表情は分からない。


 うやうやしく足の処置をしていた一人がもうひとりの信者に――黒かった少女を運んできたほうに話しかける。


「三澤がやったんだろう? あれは力が強いからな」

「わざわざ自分から仮面を外して女神さまを探しに行ったんだ。相手が誰であろうと全力だろうさ」

「律儀だねぇ」

「かといって子供に…子供だよな? 拳骨食らわせて失神させるのはひでえよ」

「狂信者だから仕方ないだろ。むしろそれだけですんで幸運だった」


 そうして包帯を巻き終わり、信者は白い少女に顔を向ける。


「終わりました。しばらくは歩かないほうがいいですよ」

「うん」

「……本当に、それと一緒でいいのですか? すぐにいなくなりますよ」


 指さした先には、眠っている少女。

 彼らのトップ――『選ばれし使え人』を名乗る男に、白い少女が帰って来てそうそう頼んだのだ。

 自室で一緒に遊びたいと。

 当然のごとく渋った男だったが、拒否をしてさらにめんどくさい騒ぎになるのも嫌らしかった。少しの逡巡の後に頷いて、今に至る。


「うん。お願いしたらいいよって言ってたよ」

「『使え人』のおっさんも甘いなぁ」

「おい、こら」

「だってだって、あの人さいきんぜんぜん遊んでくれなかったんだよ。この子は遊んでくれるよね?」

「きっと。…なにか起きましたらいつも通りにボタンを押してくださいね。くれぐれも外には出ないでください」

「はぁい」

「絶対にですよ」

「うん」


 そうして信者ふたりが部屋を出ていき、錠前を回す馴染みのある音のあとは途端に静寂が広がった。


「ふわぁ」


 外にいたときはあまりにも眩しかったし、寒くてろくに眠れなかった。

 この部屋はいつも通り暖かくて、暗い。

 一気に眠気が襲ってきた白い少女は布団に潜り込むとぎゅっと目の前の細い腰を抱きしめた。


「えへへ」


 誰かと眠るのはどれくらい久しぶりな事だったか。

 自分以外の温もりを楽しみながらゆっくりと彼女は瞼を閉じた。





 次に目を覚ました時、頭を支えている部分が柔らかくてびっくりした。

 確認してみると女性ならよく膨らんでいる個所に頭を乗せていた。白い少女には主張するほどない。


 まだ黒かった少女は目を閉じている。

 待っているのもつまらないので揺さぶって起こす。何度も何度もしていると、不精不精と言った風に彼女は目を開けた。

 おはようとめったに使うこともない挨拶を言う。

 そうすると相手も反応は遅いものの返してきた。


「こんにちは、ともだち!」


 ずっと憧れていた単語を口に出す。

 黒かった少女は目を丸くした。


「…ともだち?」

「うん! えっとね、あいさつしてくれる子はともだちなんだって!」

「…そう…」


 しかしながら白い少女の周りはそのようなことを言えば畏まって否定する。

 あなたとわたしはちがうのですよ、かみさま。そのようなことを言って。


「じゃあ、そうなんだろう…」


 半ば投げやりに応えられたが、肯定ととって少女は目を輝かせる。


「ここ、どこ? おまえは? 今、何時、だ」


 上半身を起こして手櫛で黒髪を整えつつ黒かった少女は矢継ぎ早に質問をする。

 えっとえっとと慌てて考えた。


「ここはね、わたしのおうち。わたしはかみさま。『何時』ってなに?」

「……」


 答を聞き、黒かった少女は長く目を瞑った。

 ありありと困った雰囲気を醸し出していた。


「…私は、城野姫香。そういう、名前、ないのか」

「しろ…」

「姫香でいい」

「ひめか! ひめかちゃん!」

「『かみさま』っていうの、肩書き。本当の、ふだんの、名前は?」

「かたがき? …よくわからないけど、わたしはそれ以外の名前で呼ばれたことないよ」

「…ないのか」


 かみさまと呼ばれ続けていた。

 名前など知らない。あるかどうかすら考えたことはなかった。


「だめなの?」

「だめでは、ない、けど。なんて呼べばいいのか」

「じゃあ『ともだち』でいいじゃない」

「そういうのじゃ、なくて」


 なにかだめらしい。

 必死に考えて、そうして思いついた。


「名前つけて!」

「は」

「あだ名だっけ? ともだちってそういうのつけるんでしょ?」

「……多分」

「つけて!」


 手を握ってにこーと笑うと姫香はひどく驚いた顔をした。

 だいたいこうやってやると話を聞いてくれることを学んでいる。

 急かすと目をぐるぐると回した後に姫香は言葉を絞り出す。


「鏡花…」

「きょーか?」

「前、使った、名前、だけど」

「きょーか! えへへ、ひめかときょーかで『か』が一緒だね!」


 頬を赤く染めて喜んだ。

 姫香はと言えば、鏡花のテンションについていけずにただ瞬きをするだけだ。

 こんなに話してくれる人は初めてかもしれない。

 みんななんだか自分を避けているようで寂しかったのだ。


 惚けたようにはしゃぐ鏡花を見ていたが、しばらくして気付いたように姫香は口を開く。


「教えて。私、ここで、なにをする?」

「うん、えっとね、今までもたくさんひめかちゃんみたいな人はいたんだけどね」

「私みたいな人?」

「外からきて、ちょこっとだけ顔を見るの。顔はあんまり覚えてないけど」

「その人たちは、何処に」

「どこかは分かんないかな。いつの間にかいなくなっちゃうの。でもすごいんだよ。赤いのがワーッて出るの」

「赤…?」

「あの人はなんて言ってたかな、あ、思い出した!」


 それ・・自体にあまり興味はなかったが、きっと姫香には大切な事なのだろう。

 鏡花は自慢げに言った。


「イケニエになるんだって」


 姫香はむせた。

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