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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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十二話『邂逅』

「来てくれたのですね」


 にっこにっこと、僕を勧誘してきた女性が話しかけてきた。

 映像が終わると内部の見学になった。眠気覚ましにちょうどいい。


「まあ、興味がありまして」


 嘘は言っていない。


 黒ずくめの少女がどこかにいないか期待しながらあちこちに目を走らせているが、影すら見えない。

 いや…人すら、いない。


 休憩室だとか、食堂だとか回っているけど信者らしい人とは一切会わない。

 さすがにここまで来ると気味が悪くなってきたのでそっと女性に質問する。


「この時間はこちらにはいないのですよ。皆、一般公開されていないところで作業しています」

「へえ、そうなんですか」

「ごめんなさいね。あなたはまだ下界の人間なので、修行者とは会えないんです。不親切なのはわかってますけど」

「…そうなんですか」


 依頼人の話にもあったな。

 『修行の身で下界の人間に会うと魂が崩壊する』――だったっけ。

 意味はともかく、実際に崩壊するのかどうか非常に気になるところではあるけど、変な質問をして警戒マークされるのもな。

 あれ、そういえば――。


「仮面をかぶって生活していると聞いたんですが、それは本当なんですか?」


 少なくともこの女性は仮面をかぶっているようには見えない。笑顔の仮面なんて言えばかっこいいけど。


「ああ、それは一昔の話ですね」

「今はもう着けていないんですか?」

「一部は着けていらっしゃいますよ。旧くからここで修行に励む上位の信者です」

「なんらかのステータスとか、そういう」

「いえ、いえ。自らの犯した罪を恥じているのだと聞いています。例え祈りを捧げても消えることのない罪を悔やんでいるのだと」


 それは…ただ、罪を隠しているのではないだろうか。

 恥じ、悔やんでも、どこかで罪の意識を感じていないような。自分が罪を犯していた理由を分かっていないような。

 なんとなくだが気持ち悪さを感じる。


「希望する者は今もいますが、なにしろ表情も分からず、視界も狭まるのでずっと着けている人はいませんね…」


 そりゃあ不便だろうな。


 一時間かけてあらかた案内された後、最初に通された部屋で休憩の運びとなった。

 他の見学者は初めて見た死にかけていた顔とは打って変わってキラキラと輝いていた。彼なりになんかよかったのかもしれない。

 僕はと言えば、姫香さんはいないし、ずっと女性にここがいかに良いところかを力説されてへとへとになっていた。

 お祈りより昼寝がしたいよ僕は。不信心もいいところである。


 ただ休憩というのも暇だ。お手洗いにでも行くか。

 場所は説明されているから行けるはずだ。

 たいした貴重品もないので荷物は椅子に置き、部屋を退出した。



 ――困った。

 見事なまでに迷ってしまった。

 これが意図的な離脱ならかっこいいところだけど、本当に迷った。ここはどこだ。

 そもそもトイレまで遠すぎる。余裕を持って行ったから良かったものの、漏らしたらどうしてくれるんだ。死ぬぞ。僕が。


 私服でうろつくのはこの建物の中ではたいそう目立つからこうしていれば誰か助けてくれるはずだ。

 さすがに見過ごすはずがないだろう。秘密をガチガチに閉じ込めているような場所なんだから。


 それにしても、人が居ない。

 こんな大きな建物なのだから誰かしらとすれ違ってもいいはずなんだけどな。

 それともここはオープンな場所で、普段信者がいるところと切り離されているのは分かったけど。

 そういや、『魂が崩壊する』のならあの勧誘役に案内役とか受付嬢はどうなんだろうと考える。修行を終えた身なのかな。


 つらつらと考えていると背中に気配を感じた。怪しまれない程度の速さで振り返る。


 そこに立っていたのは、真っ白な女の子だった。どうやらたった今通りすぎた「第一倉庫」から出てきたらしい。

 どうしてそこから来たのかは分からないけど、受付嬢と案内人以外の人間と初接触だ。


 ともすれば雪女間違えてもいいぐらい白かった。

 着ている服は案内の女性と同じ白いワンピース。

 髪は白髪、目は赤茶色で、肌は不気味なほど青白い。唇の紅さがずいぶん目立つ。

 ――うろ覚えの知識で当てはめていくと、どうもアルビノのようだ。

 髪は染めているような違和感がない。そもそも日本人に白髪は肌の色の関係もありかなり浮いてしまう。

 あとは素足に包帯を巻いている。新しいファッションかな。

 十代後半かな。どうにも女の子の年齢は分かりにくい。

 

「あなたはだあれ?」


 見た目の年齢よりも幼い口ぶりで、少女はそう言った。


「…さあ。誰だろうね」

「探しに来たのね」

「え?」


 少女はしゃがむと、見えない何かを摘み上げた。

 そうして確認するように引っ張る動作をして僕を見た。


「あの真っ黒な子を。つながっているから、分かるわ」

「つながっているって、いや、そもそも真っ黒な子って」


 初対面のはずだし、姫香さんを探しに来たこともここの誰にも言っていない。言えるわけがない。

 あくまで一人の見学者として来たのだ。

 落ち着け。なんらかの誘導尋問かもしれない。


「真っ黒な子って、誰?」

「ん? ひめかちゃん」


 何でもないように、少女は言う。


 いや、まさか、なんだ。これは。

 どくんと心臓が跳ね上がった。

 …誰だ、この子は。

 もしかして防犯カメラに写っていた少女か。姫香さんと逃げていた――。


 『かみさま』だとでも、言うのか。


「わたしとお兄さんがつながるのは、もうちょっとあとみたいだから、ひめかちゃんのところに行ってあげたら?」


 文章の接続が下手くそなのが姫香さんなら、内容の統一性が下手くそなのはこの子だな。

 何を言っているかは分からないがお言葉に甘えさせていただこう。


「君は知っているの?」

「そこの曲がり角を左。とびらの向こう」


 言いたいことは言ったとばかりに僕の返事を待たず、第一倉庫に引っ込んでしまった。

 ガチャンと音がしたので内部から鍵をかけたのだろう。どうなっているか見たかったのに。

 それどころかどうして僕と姫香さんの関係を見抜いたのか。


 まあいい、姫香さんがいることは分かった。

 騙されたつもりで行ってみようじゃないか。












 ――本当に騙されたかもしれない。


 曲がり角を左に行き扉は確かにあったがオートロックキーがかかっていたとは。暗証番号なんて知らないよ。

 そしてそれ以上に不味いことが起きている。オートロックキーを見るふりをしながら後ろの気配を伺う――までもなく、殺気がおびただしい。


 さっきの真っ白な子が僕みたいな怪しいことをコソコソしている人間を発見サーチのち通報デストロイする役割を持っていたのかも。

 あの顔と容姿だと警戒心抱きにくいしな。それは好奇心とかもろもろに流された僕自身の失態だ。

 

 さて、どうしようか。

 いろいろときな臭い場所で、殺気を出す誰かさんがじりじりと近寄るこの状況。

 勝てるか勝てないかで言えば勝てるけど。


 いっそ罠にはまってやろうじゃないか。


 決心して後ろを振り向く。


「っ!」


 うわ、怖い。

 ガタイのいい男だったのもそうだし、なにより仮面に素で驚いてしまった。

 目だけがくりぬかれているだけの、のっぺりとしたもの。

 

 生唾を飲みこむ。

 出来る限り余計な抵抗はしないでおこう。非力なように見せたほうがなにかと後で役に立つはず。

 思わず殺さないように出来るか緊張の一瞬。


 相手は何も言わず、ただそうするのが当然であるというように、無抵抗の僕をぶん殴った。

 目から星が飛び出たかと思った。


「ぐ…」


 演出的に呻いてみる。

 ええっと、頭を一発殴られただけでも人間って気絶するんだっけ。

 するよな。僕がちょっと丈夫だから分からなくなる。


 とりあえず脱力してその場に転がってみたけど、僕ここからどうなるんだろう。

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