表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
156/278

十一話『潜入』

 潜入は、翌日朝九時に開始された。

 実に十数時間経ってしまったが、穏便に穏健に潜り込むためには歯痒いながら相手の都合のいい、指定された時間に行くしかないのだ。

 昨日は、所長はずっと事務所にいたらしい。何処にいたとして、いてもたってもいられなかったのだろう。気持ちはわかる。


 空は曇天模様。雨は降らないらしいが、気温はぐっと下がっていた。

 人が並んで三人はいけるのではないかと思うほど大きい出入り口を前に僕は唾を飲み込んだ。

 ちらりと振り向けば警備員のおじさんと目が合ったので慌てて顔を戻す。

 ここまで車で送ってくれた百子さんとはすでに分かれている。徒歩で来たという設定の為に離れたところで降りたのだ。


「…よし」


 決意を固めて一歩踏み出す。自動ドアが滑らかに開く。

 第一印象は眩しい、だった。


 吹き抜けの天井には豪華なシャンデリアが吊るされており、一瞬入るところを間違えたと思ったほど。

 その下はいくつか座り心地のよさげなソファが設けられ、パンフレットや書籍を置いた台が鎮座している。

 床は磨きあげられていて輝いている。壁には立派な額縁に入れられたなんとも評価しにくい絵画が飾られていた。

 どこかのホテルのエントランスと言われたら信じてしまいそうだった。


「こんにちは、田中夜弦と申しますが」


 圧倒されながらも自分のやるべきことは見失わない。

 入ってすぐに左側にある、受付窓口らしき場所に声を掛ける。

 プラスチックの分厚い窓には小さい穴が開いており、開かなくても話せるようにされていた。

 呼びかけに反応して受付嬢らしき女性――白いブラウスに白いタイトスカート――は警戒したような顔で僕を見た後、すぐににっこりと笑顔を作った。

 …何回かに一回は招かれざる客が来るんだろうな。


「こんにちは、田中さん。お待ちしておりました。我らが『メセウスの会』へようこそ」

「どうも」


 もちろん、田中というのは偽名である。

 偽の保険証を作る際に百子さんが決めたものだ。名前以外覚えてなかったので特に気にならない。

 ただ、なじみの薄い単語だからちゃんと反応できるかが心配なんだよなぁ。夜弦と呼ばれる方が多いから。


「見学コースですね」

「そうですね。よろしくお願いします」


 ともすれば工場見学なんかをさせられそうな言葉である。全然違うんだけど。

 見学コース。『信者の一日はどうなっているのかな? あなたの目で確かめてください』とホームページに書いてあった。

 ちなみに申し込みをしたのもインターネットである。便利な時代になったものだ。電話が苦手な人でも手軽に申し込みが出来るという利点があるから、導入しない手はなかったのだろう。


 受付の女性は事務所から出てきて僕の前に立った。


「ちょうど何人かの希望者さんのために『メセウスの会』とはどのようなものかという紹介ビデオを流しています」


 もういるのか。

 その希望者は本当に自分の意思で来たのだろうかなどと考えてしまうが、まあ僕には関係ない。


「途中からですが、ご覧になってください。不明な点がございましたらなんなりとご質問を」

「ええ、ではそうしましょう」


 僕は快諾をする――ふりをする。

 郷に入っては郷に従え。

 所長にそう念を押された。

 一応興味は持っているふりをしろと。まずは信用されなくてはならないと。

 …信用か。



「こちらです」

「ありがとうございます」

「いいえ。では後程」


 案内された部屋は映像が投影されているスクリーン以外は真っ暗で、足元がうすぼんやりとしか見えなかった。

 どうやら三人掛けの席らしい。なんとなく見えるいくつかの人影から距離を置いて座る。


『――女神からの神託を享けたわたしは守りの家を作ろうと思いました』


 スクリーン上でにこやかに話す男性は四十代を過ぎたころぐらいか。

 後ろは礼拝堂のような空間に見えた。ただ、ステンドグラスはなく白い壁だけなのが分かった。


『そうして、わたしは罪深きものを守ろうとしたのです。誰からも見放された弱い存在の救済を望まれたのです』


 さっそく頬杖をつきたくなって我慢する。どこで誰が見ているか分からないもんな。

 そこからおっさんの体験談というか、ここが設立されるまでどのような苦難があったかを事細かに話してくれる。

 共通するのは、『選ばれし使え人』――わかりやすく当てはめれば神父に近いだろうか――であるおっさんは女神さまに苦難のたびにめちゃくちゃ応援されていたことだ。


『幾多の危機に陥るたびに、わたしは女神に祈りました。そして女神は必ずわたしに応えてくださいました』


 バッグで壮大な音楽が流れだした。

 そろそろ終わるかな。これ以上はだめだ。眠くなってきた。

 それにどんな宗教なのかは事前に調べてあるのでおさらいみたいなものだ。


『祈りましょう。女神は、あなたを必ず救済します。そしてわたしたちはあなたを見捨てません。あなたを諦めません』


 誰かが鼻をすすった。

 感じ入るところがあったようだ。


 必ず救済…かぁ。

 こんな人殺しでも女神さまは助けてくれるのだろうか。

 殺したことに後悔はしていないけど、でもいつかはしっぺ返しがきそうだ。

 もしかしたら記憶を失ったこともしっぺ返しだったりして。


 ぼんやりしていたら映像は終わり、パチパチと電気がつけられる。

 突然の光の暴力に思わず目を閉じる。


 そっと目を開けると、スクリーンの前に何の装飾もなされていない長袖の白いワンピースを着た女性が立っていた。

 見覚えがあると思ったら勧誘してきた人だ。そういう係なのかもしれないな。


「ようこそ、『メセウスの会』へ!」


 高らかに、うっとりと、彼女は言う。


「女神さまは、わたしたちは! あなたを歓迎いたします!」


 さて。僕は笑みを顔に貼り付けた。

 目標は姫香さんを探すこと。そして奪還。


 果たして女神さまは姫香さんを解放してくれるのかなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ