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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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十.五話『はろー、まいふれんど』

「探偵はいうほどかっこよくもねえんだよ」


 珍しく、城野は酒に酔っていた。

 とはいえ彼は暴れるわけでも感情の起伏が激しくなるタイプでもなく、ぽつりぽつりと自分の想いを呟くだけだ。

 『妹』となってから半年あまりが過ぎたころだったと、姫香は記憶している。


 ――なにがその話のきっかけかはもう覚えていない。

 それでもぶすくれた表情だったことだけは鮮明に刻まれている。


探偵おれらが救えるのは金を払って頼ってきた奴だけさ。すべての人間を助けるなんてスーパーヒーローじゃあるまいしできっこない」


 諦観したように彼は薄く笑う。

 姫香はじっとその顔に視線を注ぐ。父を殺した男を。拾い上げてくれた男を。

 よく、分からない。

 城野の言う『救う』という意味がどんなものかは知らない。

 だが、一番救われるべきはこの男ではないかとは思った。思っただけで姫香は言わない。

 それを彼に気づかせてはならないような気がしたからだ。


 視線に気づいたのか城野は伏せていた瞼を上げ、おもむろに彼女に手を伸ばし髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。

 母親はよくしてくれた。神崎は手を繋ぐ以外は接触してこなかった。長谷は――あれは論外だ。

 あまりに久しぶりな感触に知らず姫香は身体を固くする。


「ヒメ、これだけは言っておく。近しい人間ですら救うことは難しいんだぜ。だからもし、あんたが将来誰かを助けたくて、でも失敗したとしても――それは運が悪かったと割り切るしかないんだ」


 おまえはわりきれているのか。

 姫香の問いに、城野は小さく頭を振っただけだった。



「……」


 目を開けると見知らぬ天井があった。

 ずきずきと頭は痛んだがそれ以外は特に大丈夫そうだ。

 ゆっくりと腕を上げてみるといとも簡単に上がった。その手には何もついていない。足を動かしてみても重いものは感じない。

 その上、丁寧に掛け布団もかけられていた。ふわふわとして暖かい。

 意識を失う前に予想していた扱いとはかなり違う。


「……?」


 腰のあたりがやけに重みと熱さを感じる。

 布団をめくってみると例の白い少女が腰にしがみついて呑気に寝ている。

 見なかったことにして布団を戻し、視線を周りに向ける。


 豆電球程度の光源が部屋を照らしていた。

 明るいとはとても言えなかったがしばらくすると目も慣れてくる。


 やがて見えたのは、文字通りおもちゃ箱をひっくり返した惨状だった。

 積み木にジグソーパズルに絵描き帳が散乱しており、ベッドから出口までの直線ルートのみが片付いている。というより脇に寄せられている。

 特に判断材料はないが、おおかたこの眠っている少女の自室――だろう。

 見た目の年齢からしてやけに幼いおもちゃしかないがどういうことなのか。


「んー…」


 寝ぼけた声と共に少女が動いた。

 上へ上へと芋虫のように進むと、姫香の豊満な胸部おっぱいへ到達し、そこで力尽きた。

 ぼすんと姫香の胸部おっぱいを枕に少女は再び寝息を立てはじめてしまったのだ。


「ちょっと」


 さすがに呼吸が苦しい。

 退かそうとするも少女は寝ているとは思えない力で抵抗を示す。結局姫香が諦めた。


 そしてそこで気付く。

 いつもの服ではない。恐らくは少女と同じ、白いワンピースを身に付けていたのだ。

 はっとして耳を、次に首元を触った。無い。仰々しい飾りのついたイヤーカフも、チョーカーも。

 ゴスロリ服は百子が飽きずに姫香に着せているものだ。イヤーカフは城野と百子から、チョーカーは首の傷を気にする咲夜から贈られたものだった。

 そうして、ますます取っつきにくい格好になった姫香へ「似合いますね」とほほ笑んだのは夜弦で。


 自身のアイデンティティを喪失したような錯覚に陥る。

 ミルクをたっぷり入れたコーヒーのように、「姫香」という存在がギリギリまで薄れてしまったような、そんな。


 馬鹿馬鹿しい。

 自然と荒くなった呼吸を正そうと努力しながら姫香は微かに唇を吊り上げる。

 あの格好になったのはまだ日も浅いというのに。


 なんだか考えすぎて疲れてしまった。

 今のところ危害を与えられていないならどのような思索であれ今のうちに体力を取り戻しておくのが吉だ。

 次に目覚めたとき安全かどうかは分からない。それまで起きてまんじりと過ごすぐらいなら、眠って時間を潰したほうがいい。

 寝よう。

 そう考え、目を閉じた。

 





「ねー、ねーってばー」


 最初は無視しようとしたが、強く揺さぶられて起きざるを得なかった。

 ずいぶん激しかったようで少し気持ち悪い。


 姫香は目を開けて声のする主を睨む。

 予想通り、白い少女がいた。にこにことご機嫌だ。


「起きた! おはようございます!」

「……おはようございます」


 つられて挨拶をする。

 いろいろと聞きたいことはあるのに寝起きで頭がまわらない。きっちり眠ってしまっていた。


 にへら、と少女は笑う。


「こんにちは、ともだち!」

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