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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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七話『依頼内容』

 翌朝。

 八時四十五分に依頼人は来た。


 所長と百子さんはいつも通りに依頼人と対面のソファに座り、僕と咲夜さんは仕切りの向こうの自分たちのデスクで出来るだけ音を立てないように待機。

 姫香さんはお茶を出した後にそのまま一階へ下りていった。

 珍しいことではない。掃除やすることが一通り済んでいるのならこのまま事務所に残るが、今日はまだ掃除の途中だったらしい。


「寒い中、お越しくださってありがとうございます」


 百子さんの優しいのんびりとした声が響く。

 相手が極度に緊張していたり、もしくは言い出しにくそうだと百子さんが先陣を切るのだ。

 逆に、粗暴だったりあまりに非協力的な態度を見せつけると所長の出番だ。泣く子も黙る顔つきをしているので牽制させる効果はある。


「わたしは受付の椎名。こちらは事務所所長の城野です」

「あ、よろしくお願いします。松岡です」

「松岡さんですね。よろしくお願いします」


 自己紹介を聞いてちょっと吹き出しそうになる。

 諜報部『鴨宮』の非公式とはいえ長男を受付扱いなんてこの事務所は贅沢だなぁ。


「依頼のおおまかな内容は聞いております。詳しくお教え願えませんか?」

「はい。まずこれを…」


 軽い紙きれの音。封筒から何かを出したか。


「こちらが、私の恋人…いえ、婚約者です」

「なるほど」


 なんかレベルアップしてる。

 そこは些細な違いなのか所長は別段聞き返しもせず平坦な声音で相槌を打つ。


「彼女が帰ってこなくなったのは二か月前の話です」

「なにかそこに至るまでに変わったことは?」

「……メセウスの会、そこから勧誘を受けたというのは聞いていました」

「そうですか」

「でも普段はそういうのには絶対に引っかからないんです! 彼女はちゃんと自分のことを分かっていますし、こんなところもいつもの状態であったなら…」

「ええ、そうですよね。分かっていますので、落ち着いて」

「いつもの状態ですか?」


 興奮し始めた依頼人をなだめようとする百子さんの努力を横に、所長が単語を拾い上げる。

 いちおう来客用の丁寧な言葉で。


「その時はなにか不安定だったと?」

「いわゆるマリッジブルーと言うのか…ちょっと落ち込み気味だったんです」

「ははぁ」

「周りの友人は祝すばかりで話を聞かないし、家族にも言い辛かったみたいで…」


 恨みがましげな言い方だがあなたも原因に入っているのではなかろうか。


「それで、見も知らぬ他人にぽろっとこぼしたら…ってところか。彼らは同情や共感から入りますからね」

「そうかもしれないです。弱ってたんでしょうね…」

「ふむ。しかしいきなりメセウスの会の信者になったわけではないんでしょう?」

「まずは半日のセミナー、次が一泊の宿泊体験…。わたしも仕事が忙しく、異変に気付くのに遅れて…」


 だめだめじゃん。

 こうなるなんて普通は夢にも思わないからそんなに責められないんだけど。


「そうして二か月前、置手紙を残してメセウスの会へ本格的に入っていってしまいました」

「接触は?」

「できませんでした。なんでも『修行の身で下界の人間に会うと魂が崩れてしまう』とかで」

「何言ってんだ…」


 同感である。

 咲夜さんはふーんと言った感じでスマホをぽちぽち弄っている。なめこを育てていると言っていたがどの辺りが面白いんだ。あとねこもあつめているらしい。


「それから取り戻すためにほうぼうを駆け回りましたが、どこも明るい返事はしてくれませんでした」

「それで、この事務所に行きついたと」

「はい。紹介してくださった人に『あそこは基本なんでもする』と聞いて」

「なんでもはしないんだけどなぁ…」


 してるじゃん。色々。

 所長は深々と息を吐くと、言った。


「依頼を請けるかは、こちらで少し時間をください。こちらが料金表です。少々高くなるでしょうが、構いませんね」


 それもう九割がた請けるっていってるようなものでは。

 まあ所長のことだ。なにか考えがあるのだろう。

 そして幾多の無茶ぶりにあったことを僕は忘れていないし、なんか今回もそんなことになりそう。



 依頼人の知っているメセウスの会の情報や、婚約者さんの特徴、頼った事務所。

 それらを聞きだしたころには十時半近くになっていた。

 途中何度かお茶を淹れに行っていた咲夜さんとは違い、静かにしなくてはならず暇をぶっこいていた僕はもうぐったりだ。こんなことなら姫香さんのところに行っていれば良かった。


「それでは、お気をつけて。のちほど連絡いたします」

「ありがとうございました…どうか、良い内容の電話がかかってくることを祈っています」


 駄目押しをして依頼人は帰っていった。


 ようやく緊張が解けて一同はめいめいに脱力する。

 所長は自分のデスクにどかりと腰かけてこめかみを押す。


「つっかれたー…。生真面目すぎるくせに他人の変化には気づけないって相当婚約者も苦労するぞ…」

「まあまあケンちゃん」

「しかしアレだな」

「どれ?」

「婚約者が戻るという意思を見せてくれないと奪還は困難だぞ。あちこち聞き回ってみるか…」


 さっそく電話をかけようと伸ばした手の先、所長のスマホの画面がぱっと開いた。

 着信だ。


「…ヒメ?」


 あれ、姫香さんなら下にいるはずでは。

 訝しる僕らの視線を集めながら所長は通話を押す。


「もしもし、どうした?」


 なんかめんどくさい客でも来てしまったのかな。

 でも骨董屋のレジには押すと二階でベルが鳴る簡易的な防犯ボタンがある。

 別に警察にわざわざ繋げるまでもない。チンピラや解体鬼にテロリスト、裏組織と戦ってきた僕らが間もなくお出迎えするのだから。経歴上げると嘘みたいな羅列だな…。


「……は? 悪い、ヒメ。もう一度頼む」


 わずかな間のあと。

 電話先で、彼女が言ったことを所長は反復した。



「ーーかみさま・・・・?」

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