六.五話『であい』
牛乳の入ったビニール袋を下げ、ゴス服の少女――姫香は探偵事務所へ続く道を歩いていた。
気になっていたお菓子も買いその足取りは軽い。ただし、彼女の普段の行動を見慣れたものにしかわからない些細な変化だが。
「あ! アンティーク姫!」
あだ名を呼ばれ振り返ると、小学生三人が駆け寄ってきているところだった。
夏梨、大地、林太。たびたび骨董屋を冷やかしに来ている三人だ。夏にはともに猫探しに行った。
傍から見れば近所のお姉さんと小学生といった風だが、実際のところ精神的な幼さはあまり変わりがない。
――未来に期待しているか否かという大きな違いを除いては。
「お買い物行ってきたの?」
「うん」
「お菓子だ! ちょっと分けてくれよ!」
「嫌」
夏梨の質問に答えながら大地を足で遠ざける。大地は気を抜くと掃除機のごとく何でも食ってしまう。
お菓子を死守しながら姫香ははてと考えた。確か今日は平日だったはずだが。
子どもゆえの無礼はあるが、三人そろってサボるほどワルでもない。
「おまえたちは、休み?」
「そうだよ。土曜日に授業参観があったから振り替え休み」
林太が「いいだろ」と笑う。毎日が休暇並みの暇さを誇る事務所の所員に自慢してもあまり意味はない。
三人の親は日中働きに出ているそうなので、せっかくの休みでもすることが無くいつも通りつるんで遊んでいるのだろう。
「毎日休みならいいんだけどなぁ。宿題とかいやすぎる」
「そうだねぇ。でもあたし、ずっとおうちにいるのは退屈しちゃうかな」
「遊べばいいんだよ、ぱーっとさ」
恐らく親の真似らしく、大地は手のひらを広げて「ぱーっと」を表現した。
学校に行っていた記憶がほとんどない姫香はついていけず黙って聞いていた。
そんな彼女を横目に小学生たちはわいわいと盛り上がっていく。
「でももうちょっとで冬休みだな」
「結局たくさん宿題出るじゃん。習字やだなあ」
「あたしもー。でもいっぱい遊びに行くよ」
視界の端に白が写る。
三人から目を離し、そちらを見るとちょうど男二人が少し離れた場所の角を曲がるところだった。
ごく普通の、殺意もなにも纏わない人間たち。
だが、どちらも上下が白色のものを着ているので妙な印象を受ける。
そういうファッションが流行っているのだろうと納得をして意識を小学生たちに戻した。
「アンティーク姫は?」
「なにが?」
「冬休みは誰かと遊びに行かないの?」
「……」
「友達ぐらいいるでしょ?」
なんともいえない感情を姫香は覚えた。
――友達。
長谷はおそらくそう呼称するのに一番近かったが、相手からすると姫香はただの解体対象だった。
「…まあ」
あいまいにごまかす。それが、精いっぱいだった。
○
小学生たちと別れて、姫香はぶらぶらと事務所へ続く道をたどる。
足取りは少し重くなっていた。
「ともだち」
口の中で繰り返す。
友達とは一体何なのだろう。
事務所のメンバーは仲間と言うほうが早いだろう。
もっと別の、なにかのつながりを持ったひと。
物思いにふける姫香の横を女性が走り抜けていく。誰かと電話しながらだ。
また白。上下が白い服。
奇妙な胸騒ぎがする。何かがおかしいと、姫香は感じた。
「……」
考えすぎというわけではない。
彼女は常に危険な場所を歩いて――歩かされてきた。このような胸騒ぎは経験上のものだ。
好奇心の赴くままに首を突っ込んでもいいがひとりではきっと対処しきれない。
そうしてまた耳たぶを食われるようなピンチに遭いそうだし、義兄にこっぴどく叱られるに違いない。
とりあえずいまは大人しく帰ろうとして――
「っ」
古びた空き家と空き家。その間の空間をなんともなしに見、思わず息をのんだ。
暗がりの中、うずくまる影がそこにある。
反射的に周りを見渡す。誰もいない。血の匂いもせず、跡もない。
無意識に止めていた呼吸を吐きだしもう一度物陰を凝視した。
真っ白な髪を持つ少女が体育座りをして目を閉じていた。
髪どころか、眉毛も、まつ毛も白い。肌も病的に真っ白だ。
生きているのか、いや人間なのかを確認しようと姫香は屈んでその頬に触れようとする。
「!」
ぱちりと目が開き、とっさに姫香は手をひっこめた。
その瞳は色素の薄い赤茶色で瞳孔がくっきりと見えていた。
ぼんやりとした表情でまわりに視線をさまよわせた後に姫香に焦点を合わせた。
「だぁれ?」
間の抜けた声で少女は言う。
「私、は、」
「あなた真っ黒なのね」
最後まで聞かずに少女はずいっと身を乗り出してきた。思わず姫香は身を引く。
「こんなに真っ黒な子初めて見たの。黒いわ」
「……」
なにをそこまで感心しているのか、頭からつま先まで少女は視線を走らせる。
確かに姫香は黒いゴス服にタイツ、ブーツを履いているが。服装ではなく色をここまで指摘されたのははじめてだった。
「おまえ、いったい」
「あれ!? もしかして寝てたのかしら!? 大変、見つかっちゃうかも!」
慌てて立ち上がった少女の足は裸足だった。寒さで色が失せ、傷だらけで汚れてもいた。
さすがに異常を嗅ぎ取り姫香は少女を呼び止めようとしたが、その頃にはもう家と家の空間からでてしまっていた。
嵐のように出来事が走り去ったために茫然とし、姫香は瞬きを数度繰り返す。
そうして冷えた手をすり合わせながら踵を返しその場から遠ざかった。
運が良ければ二度と会わないし、運が悪ければ再び会うだろう。
あの少女について考えるのはその時でいいと思いながら。