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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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三話『難しい依頼』

 休んだ気がしない休日の次の日の事。

 いつも通りに出勤して、骨董屋の前を掃き掃除していた姫香さんに挨拶をする。

 もう寒い季節だというのに毎日偉いなぁ。ゴス服は暖かいのかもしれない。僕は着る気はさらさらないが。


 事務所に繋がる外階段をのぼる。

 そうして最近軋む音がうるさくなったドアを開けた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 顔を上げず、所長が難しい顔でパソコンを見ていた。

 元の顔が怖いのにさらに怖くなっている。

 一体何が原因なのだろう。ぎくしゃくとした関係になっていても気になるものは気になるので、ちょっと悩んでから聞くことにした。


「腹でも痛いんですか?」

「たまに思うけどツル、もうすこし状況から判断したほうがいいぞ…」


 呆れた顔をされた。さすがに冗談だよ。


「難しい依頼でも来たとか?」

「まあな」


 長い息を吐きながら所長は天井を仰ぐ。

 ところで目が疲れた時に眉間を摘まむ動作を栄養剤のCMなどでたびたび見かけるが、あれは何の効果があるのかな。

 セルフ肩もみよりも疲労回復効果は薄い気がする。ハードなデスクワークをしたら分かるだろうか。


「珍しいというか、意外ですね。この事務所にタブーはないものだと」

「別に俺だって好き好んでタブーに飛び込んでいるわけじゃねえよ…」

「でもここ数カ月でずいぶんいろんなことがあったよね~。小説が一本書けそうなぐらい」


 給湯室から百子さんが出てくる。ふわりとコーヒーの良い香りがした。


「おはよ、ヨヅっち。今日も寒いね~」

「おはようございます百子さん」


 所長のデスクにコーヒーを入れたカップを置き、僕の分も渡してくれた。

 いつもより良い匂いだ。

 僕の表情に気づいたのかふふっと百子さんが笑う。


「ちょっと高めの豆だって。三四子みっちゃんが送って来てくれたの」

「まーた桁外れに高いもんじゃないだろうな」

「違うよ! あれからちゃんと言い聞かせておいたから大丈夫!」

「何があったんですか?」

「前にいちど鴨宮きょうだいが百子こいつにめっちゃくちゃ高いコーヒー送ったんだよ。庶民の舌にはもったいなさすぎた」

「へえ…そんなのあるんですね」


 過保護だなぁあのきょうだい。

 気難しくとっつきにくい兄より、きれいで優しい兄の方に軍配があがるんだろうな。

 鴨宮一樹には頑張ってもらいたいところである。


「コピルアクっていう一杯あたり時価八千円のものだったの~。美味しいかもわからなかったね~」


 本当に過保護だなあのきょうだい!

 愛が暴走しすぎている。


 他家の事情を考えつつも口に含むとインスタントより美味しかった。ブルーマウンテンだという。自分で買おうとは思わないがいい味だ。百子さんの淹れ方が上手いのもあるだろう。

 酸味があまりないというのは好評価だ。

 などと勝手に点数をつけていると咲夜さんが出勤してきた。


「おはようございます。あ、美味しそうなの飲んでいますね」

「おはよさっちゃん。コーヒー飲む?」

「お願いします。…どうしたんですか所長、おなかが痛そうな顔をして」

「それさっきやった」


 うんざりとした顔でうるさそうに所長が手を振る。

 「さっき?」とアイコンタクトで咲夜さんが聞いてきたので「僕が」と答えると納得したような表情になった。

 うん、ごめんね。ネタを潰してしまって。


 半分ほどコーヒーを飲むと所長がデスクの一番下の引き出しを開けた。

 そこには分厚いファイルが――先代所長の手による過去の依頼が納められている。


「クソ上司のファイルを見るか。似たような依頼があれば、どう対処したかのヒントがあるかもしれない」

「力技だと思うんだけど~」

「俺も十中八九そんな感じはするけどな! でも一応は探してみなきゃいけないだろ」


 ファイルを取り出し、開くと几帳面な字でびっしりと書き込まれた字が目に飛び込む。

 なにかとやんちゃ(やんちゃでは済まない)の多かった先代所長だが、この美しい字にはほれぼれする。

 対する所長は本当に酷いからな…。ミミズが熱した鉄板の上でのたうったのではないかってぐらい読めない。本人と、百子さんがギリギリ解読できるぐらいだ。


 咲夜さんが所長の行動を見て首をわずかに傾げた。


「所長でも判断に迷う依頼なのですね」

「デリケートなものだから下手に触れられないんだよな」

「どんな依頼なんだっけ~?」


 ファイルをすべて引っ張り出した後、所長は言った。


「宗教団体から恋人を取り戻してくれって依頼」


 …うーん。昨日の今日で、これか。

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