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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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二話『勧誘』

 何度目かもわからないため息を僕はこっそりと吐いた。


 今日は休日。毎日が休日のような探偵事務所にもきちんとある。

 特に趣味もない僕であるが、嫌な夢にうなされたせいもあって家に閉じこもるのは心身に悪いと判断。気分転換に賑わう街に足を延ばし、やけに入りにくい印象を与えるコーヒーチェーン店、その一角に座っていた。


 相席で。

 実を言えば僕は見も知らぬ人間と同じ席に着くことが苦手だ。だからこの相席も僕の意思ではない。

 移動しようにも、僕が壁側で相手は通路側。ここから抜け出すには相席相手を突破しないとどうしようもない。

 そしてもっと困ったことに、


「万能の神はあなたを苦痛から解放します。最近、何かとてもつらいことがあったのでしょう? 我々はそのような方々に救いの手を――」


 まごうことなき宗教勧誘だった。


 仮にも僕は探偵なので、それとなく相手を観察する。

 お上品な女性といった風貌。白いブラウスを着て、白いチノパン。白いバッグ。アクセサリーは無し。

 …人のファッションセンスにケチはつけたくないが、上下ともに同じ色、しかも白と言うのはどうなのだろう。

 なんだか死に装束と言う感じがして落ちつかない。


 店員に注意されないためか、しっかり商品コーヒーを購入している。これは慣れているな。

 コーヒーが白い服にかかったらどうするのかとこちらがハラハラしてしまう。


「あの、僕そろそろ」

「我々の神はとても慈悲深い方です。慈愛に満ちた手に撫でられてくだされば分かるでしょう、たちどころに悩みは消え失せ、それまでの気分も――」

「……」


 駄目だ、聞いてくれない。完全に自分の世界に入ってしまっている。

 勧誘するなら少し人の話を聞いてもいいのではないかとも思うが、それもそれで厄介である。

 何人かが遠くから気の毒そうに僕を見るが助けてはくれないようだ。この世は残酷である。

 面白そうに僕らを見てグッと拳を握る愉快なお兄さんとかもいた。「ファイト」じゃねーんだよ。

 

 困ったな。

 僕自身、最近ナイーブになっていることもあって、あまり派手に相手を傷付けたくはない。人にやられて嫌なことはするなというやつ。

 怒鳴りつけることや恫喝はしたくない。かといって他に良い手が思いつくかと言われればそうもいかず。

 このまま立ち上がってダッシュで逃げるか。それしかないかもな。


「――我々メセウスの会は俗世で汚れたこころとからだを清めます。あなたも是非洗礼を受けに来られては?」

「…メセウスの会」


 口の中で繰り返す。

 初めて聞いた名前だ。

 というのも、百子さんは結構心配性で、記憶喪失の僕がほいほい怪しい団体について行かないよう色々教えてくれたのだ。だからそれなりに知識はあるつもりだったが…。

 マイナーな宗教団体というところだろう。


「こちらがパンフレットです」


 ご丁寧にどうも。

 これで話が終わるかと思いきや。


「お暇なら、本部に参りましょう? 我々はいつでも悩める方を受け入れております」


 暇そうに見えたらしい。事実暇だけど。

 断られることを夢にも思わない純粋な瞳にたじろぐ。純粋な瞳のふりをしているんだろうけど。

 しょうがないのでこのままダッシュで逃げてしまおうと決意を固めた。


「あ、いたいた!」


 その時、明るい声をあげながら女性が僕たちに近寄ってくる。同じアパートに住む岩木さんだった。

 奇人変人馬鹿の多いアパートの住人の中ではまともな人でオアシスのような存在だ。ヒモの彼氏を甘やかしていなければ。


「ごめんなさいっ! これからデートなのでっ!」


 そう言うと有無も言わさずぐいぐいと引っ張っていく。

 まだテーブルには飲みかけのコーヒーが置いてあったがそんなこと言ってられない。ああー奮発して買った624円が置き去りにされていく。


 早足で岩木さんは雑踏を歩いていく。

 腕を掴まれている僕は、追いつけないということはないが自分のペースではないスピードに幾分もたつきながらついて行く。

 そうして、何百メートルかしたところで彼女は止まった。


「はー、誰だと思ったら夜弦くんだったの。まさかあの人知り合いだってことじゃないよね?」

「赤の他人です…。助かりました。ありがとうございます」

「どういたしまして。相手も悪気があって勧誘しているわけではないとは思うけど、物事には限度があるからね」

「そうですね…」


 僕はあたりを見回す。

 ――なんだか、誰かに見られているような気がして気が落ち着かない。

 さっきの人が追いかけてきたというのか?

 注意して見てみるが上下白色の人はいなかった。…思い過ごしか?


「どうかしたの?」

「あ、いいえ。ちょっと初めてだったので驚いてしまって」

「そうだよねえ。ああいうのははっきり断って逃げたほうがいいのは知ってるけどね…」

「岩木さんも経験したことが?」

「就活生のころはしょっちゅう。まったく、ちょろそうだとでも思われてたのかな」


 ヒモの彼氏を住まわせている時点であながち間違えてもないが、恩人にそんなことは言えないのであいまいに笑っておいた。


「そうだ、これは興味本位で聞くんだけど、なんてところだったの?」

「メセウスの会とかなんとか。僕は初めて聞きました」

「あら…。メセウスの会、か…」


 岩木さんは知っているようなそぶりを見せた。

 先ほどは話し半分に聞いていたので内容をさっぱり理解できていなかったが、余裕ができると気になってくる。


「なにかあるんですか?」

「旧ゴルウス教って新興宗教の改名バージョン。結構昔から黒い噂が絶えないって噂なの」


 噂の噂かよ。


「信者を取り戻しに行った家族が行方不明になったり、信者そのものが失踪したり。警察沙汰にもなったはずだよ」


 …そういうところに勧誘かけられていたというのはぞっとしない話だな。

 あの女性はとても幸せそうに話をしていたがそういう事情は知っているのだろうか。まあ、赤の他人だ。どうでもいい。


「へえ…」

「一時期過激な勧誘で話題になっていてね。わたしの大学でも注意喚起されていたかな」

「そうなんですか」

「それでイメージダウンしすぎたから今の名前に変えたって話」

「物知りなんですね」

「同級生がそういうよく分からないこと詳しく調べるタイプでね、それで何となく覚えているの。院まで行ったって聞いたけど就職できたのかなぁ岡崎君」


 後半はひとりごとになっていた。

 ともあれ、あまり評判は良くないところというのは分かった。

 ますます岩木さんに感謝である。


「そうそう、そこね、もっと面白い話があって」


 ずいっと岩木さんは近寄ってくる。

 甘い香水の匂いが漂ってきて不覚にもどきりとしてしまう。


「面白い…話?」

「そう――メセウスの会にはね、女の子の形・・・・・をした・・・神様・・がいるんだって」



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