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一年と十一カ月前 終われなかった話8

 ――城野が意を決して病室に入ると、青年はベッドの上で大人しく眠っていた。

 肩透かしを食らいずっこけそうになる。てっきりもう起きているものだと思った。


「覚醒時間がまだ短くて。身体に負ったダメージもそう無視できるものではありませんので」

「眠り姫か」

「目覚めのキスでもしてみますか?」

「絶世の美女だったら考えてやるよ」


 国府津咲夜の表情はそれほど動かないのでちゃかしているのか本気なのか分からない。

 考えてみれば姫香もポーカーフェイスだし、もうちょっと女性陣に華が欲しいと城野は思った。

 笑顔でいることが多い百子はあれでいて男だし。


 話し声に反応したのか、青年の瞼がひくりと動く。

 思わず息を止めて見守っているとゆるゆると薄茶の瞳が覗いた。

 視線が彷徨い、咲夜、城野、姫香の順に流れていく。


「えっと、」


 何と言ったものか。

 口ごもる城野に対して、青年も同じように困っているようだ。


「どなた…ですか?」

「…初対面だ」


 実際には二回目ーーあの夜を含めれば三回目かーーだが、あれはほとんど意識がない状態だ。それを覚えていろというのも酷な話である。

 それにろくに会話も交わしていなかったのでこれを初対面だと偽っても困ることは何もない。

 申し訳なさそうな青年に同情したというのもある。いや、青年が記憶を失ったことに関して城野は元凶に近いのだが。


「こいつが、あんたに会いたいと。俺は兄で、こっちは妹」


 雑な紹介をして後ろに居た姫香を押し出す。

 もうどうにとでもなれと言った気持ちだ。

 姫香を見た瞬間にすべて思い出して暴れても仕方のない事だ。

 青年と少女はお互いに見つめ合う。青年の目が一瞬細められた。なにか記憶の断片にでも引っかかったのではないかと予想したが――。


 だがやはり、肩透かしを食らう。


「…どなたですか?」

「……」


 姫香は、動揺したようだった。

 城野がその横顔を盗み見すると、半分口を開いたまま静止している。何も言えないようだ。

 記憶喪失だとは言ってあったが実際に目の当たりにするとショックなのだろう。

 いや、彼女たちの間にどのようなことがあったのか知りもしないが。


「…わたし、知らない?」

「えっと……」

「忘れてしまった?」

「お嬢さん、あんまりそういうことは――」


 咲夜の制止が入ったが、青年は構わないと言ったように首を振る。

 様子から見るに咲夜のことも忘れているようだ。


「…ごめんね?」


 青年は眉を下げながら、笑った。





 青年は一言二言、今の自分の現状について問いかけてきたので咲夜が答えた。

 あいまいな物言いだというのはさすがに蚊帳の外である城野も気づいた。

 だが青年はそれ以上追及はせず、うつらうつらしたかと思えば瞬く間に意識を落としてしまった。


 流石に城野にとって身内ではない男の寝顔を見てもなんの成果もない。

 三人は大人しく病室から出ていく。


「国府津咲夜。少し話がある」

「よろしいですよ、聞きましょう」


 咲夜に途中自動販売機で買ったコーヒー缶を差し出す。

 時間を貰う対価だ。

 『国府津』が普段どの程度の忙しさなのか城野には全く分からないが、咲夜が時間を割いてきたことは明らかだ。それに対して少しは見返りがあったほうがいいと判断した。本来ならコーヒー缶だけではとても足りないのだろうが。


「あれが、あれが…国府津夜弦なのか」

「…ええ」

「嘘だろ、あそこまで穏やかな性格だったとは」

「私も驚きました。私が知る彼は、もう少し壁があったので」


 殺意に満ち満ちた、恐ろしい形相だったように記憶している。

 そうして静止を聞かずに『鬼』を城野が殺してしまうと怨嗟を吐きながら昏倒した。

 なので、もう少しとげとげしい性格だと思っていたのだが。

 記憶喪失で人格がそっくり変わったというよりは、記憶がなくなったことによりもろもろの枷が外れて彼の自然な形が出ている――ということなのかもしれない。

 そうするとあの性格の上に何重の想いが重ねられていたのか。

 それを踏みにじってしまったのなら殺されても仕方ないよなぁと城野は頭の隅で考える。


「あいつはまたあんたのこと忘れているのか」

「そうなります。『よく来ている気がする』程度の認識はされているようですが、まだ少し、意識の混濁もあるので」


 口ぶりからして良く見舞いに来ているようだ。

 それが個人としてか組織に命じられてなのかは城野には判断しづらかったが、どちらでもいいと思考を打ち切った。


「どうすんだ。『鬼』に生き残りが居て、あいつが仲間を惨殺した張本人と知られたら…相当マズいぞ」

「それは『鬼』のかしらを殺したあなたも同じことがいえるのですが。まあいいでしょう」


 咲夜はため息をついた。


「前に言った通り彼は記憶を失い弱体化している。傷を治してもすぐには動けないでしょう。そんな中で今まで通りの仕事に着けば――死にかねない」

「……」

「ボスだって死ぬと分かっていて仕事には出さないでしょう」


 彼は大事な存在ですからね。

 どこか皮肉気味に付け足した。


「死ぬというのは、どういった意味で?」

「そのままの意味です」

「何の仕事なんだ」

「彼を見て居れば分かるでしょう?」

「あんためちゃくちゃ嫌な女だな」

「あなたに対してだけですよ」


 ふたりの真ん中に置かれている姫香は気にせずにココアを啜る。


「ボスから積極的に出されている案はあるにはありますが…」

「なんだよ」

「……」


 咲夜はきゅっと下唇を上げて黙った。

 表情がガチガチに硬い女だと思っていたが、それなりに感情は表に出せるらしい。


「言いにくいことなんだな。それともまだ極秘扱いか」

「いえ、いずれは報告しなくてはならないことで…。ただあなたの反応が予想できなくて困っています」

「…そんなもん出たとこ勝負だろうに。俺だって別に叫んだり暴れたりしねえよ」


 長年探偵をしてきた慣れかは分からないが、城野は予測していない事態に慣れている。むしろ予想以上のことを上司がしやがるので耐性がついてしまった。

 あとはこの数週間で驚きつくしてしまったのもある。復讐を遂げたと思ったら次から次へと問題が積み重なっていくのだから。

 例えば『お前の心臓を食わせれば復活する!』などと言われても動揺しない。さすがにそれは嫌だが。


「城野探偵事務所で――保護してもらえないかと」


 驚きはしなかったが、頭おかしいんじゃねえのと城野は自分のことを棚に上げ思った。




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