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十四年前『歪んだ愛情たち』

 ふんふんと長谷が上機嫌に鼻歌を歌っている。

 宿泊所兼遊戯場。『鬼』の拠点。その地下駐車場で、長谷は遊んでいた・・・・・


 手に持つは鋸、そばには包丁や鉈。

 目の前には、男の死体・・・・


 それが解体鬼・長谷のおもちゃ・・・・だった。


 この死後硬直を起こしている男の名と、ここに連れてこられて激しい暴行にさらされた理由も知らない。

 なんとなく腫れた顔に見覚えはあったのでおおかた脱走か何かした構成員だろう。

 長谷にとってはそんなものはどうでもよく、ただひさしぶりに遊び道具を与えられたことがうれしくてたまらなかった。

 手を付けるなと厳命された頭部は退けて、残った胴体をどうしようかと悩んでいる時だった。海に流す予定らしいので一目見て人体の一部だと分かってはいけない。ならば細切れか。


「はせ」


 幼い声音で苗字を呼ばれ、顔を上げれば萌黄色のワンピースを着た少女が出入り口に立っていた。

 まだ十歳にも満たないその顔は無表情のまま固まっている。


 とろけるような笑みで長谷は少女の来訪を歓迎する。


「お嬢! もうお休みの時間では?」

「ねむれないから、さんぽ」


 時刻は一時を回っている。

 寝かしつける係の神崎が最近忙しいので寝るリズムが狂ってしまったのだろう。寝かしつけると言っても、ただ添い寝するだけだが。

 長谷の場合はずっと喋っているので不評だった。あとは神崎に「次一緒に寝ようとしたら殺す」と脅された。うなじが柔らかそうだったからちょっと噛んだだけなのに、それがいけなかったらしい。


「そうですかぁ…。じゃあお嬢、一緒に遊びましょうよ」

「やだ」


 はっきりと即答しながらも、少女は長谷のそばに歩いていく。

 死体を見ても瞬きひとつ変えずただ観察しているだけだ。

 その視線から何を感じ取ったのか、長谷はひとりで喋りはじめる。


「今ね、どこから切るか悩んでいるんですよ。いつもは頭からなんですけど今回はお預けだし、内臓はあとがいいかなって。だって臭いんですもん。やる気が下がるっていうか。お嬢も臭いのは嫌いでしょう?」

「きらい」

「ですよね。うーん、そうすると末端から…でもなぁ。あんまり事務的にばらすのもオレらしくないっていうか」


 解体は反応があってこそが一番面白いと、長谷は思っている。


「はせは、これ、たのしいの?」


 ワンピースの裾をたくし上げて、少女は長谷の横に座り込む。

 傷ひとつない足が目にはいり、眩しげに目を細めながら長谷は視線を逸らした。さすがにここで理性を無くしたら間違いなく神崎に殺される。比喩ではなく。


「楽しいですよ! でも生きている人間の方がもっと楽しいです。色んな反応を見せてくれますからねぇ。とくに強情な人間が最後に殺してくれと懇願することにわざと放置して死ぬ時間を延ばすとか」


 べらべらと喋りながら、鋸を動かす。血は吹き出さず、断面から固まった脂肪分が見えた。

 ごりごり、がりがりと骨と鋸が擦れる音。歯が止まれば別の方向から切る。

 そうして取れた手首を、少女はじっと眺めてそして小さく言った。


「……きたない」

「えっ」

「きりかたが、なんか、きたない」

「え、ええー」


 切りにくいんですよぉ、と長谷は泣きごとを言ったが確かに断面はぐちゃぐちゃだ。

 さらに記憶を掘り起こせば、先輩にあたる人間たちが解体した肉片を見て吐いて、それ以来は目をあわせてくれないことも思い出した。


「…分かりました。頑張って綺麗にしますね」

「うん」

「その時は褒めてくださいね、お嬢!」

「うん」


 まったくもって興味のなさげな返事を聞き、長谷は「よし」と己を奮い立たせた。

 だが、決心までは良かったが人体の仕組みすら知らない彼のことだ、それからうまく行ったとはとても言えない出来栄えだった。


「難しいなぁ。やっぱり数をこなすしかないのかな」


 足と手を不透明のポリ袋に詰め込んでいく。

 見た目はさながら肉屋で売っているようなバラ肉だ。

 それを見ながら長谷は肉を大方詰め終えた。隣の少女は切り離された頭部とにらめっこしている。


「ねえお嬢」


 手袋を外し、長谷は呼びかける。

 振り向いた少女の顔の輪郭を優しくなぞる。


「お嬢って美味しそうですよね」

「たべるの?」

「だって柔らかそうだし、きっと甘いはずです。美味しいものは食べないと」

「たべられたら、いたい?」

「痛いと思いますよ」


 真意を理解しきれていない少女だったが、「痛い」という単語には顔をしかめた。

 転んで痛いのも、叩かれて痛いのも、少女は嫌いだ。

 普段こうして喋っている長谷に痛いことをされるというのも同じように嫌だった。


「いたいのは、やだ」

「でも、ほら、耳たぶとかあんまり痛くないと思いますよ。いいでしょう? 一口だけでも」

「……」


 どうやらその気らしい。

 むにむにと触られる耳たぶにも当然感覚はあり、痛覚もきちんと通っている。痛いことには間違いなかった。

 困ったような顔をした少女を助けるように、げんなりとした声が響いた。


「長谷、おまえな…」


 振り向いた視線の先に、疲れたような顔をする青年が立っている。

 神崎だ。


「うわ! いつ帰って来てたの?!」

「さっき。部屋に行けばお嬢はいねえし、長谷はここって聞いたから急いで来てみれば案の定だクソが」


 怒気に当てられ慌てて長谷は弁明する。


「いやいやいや、食べるつもりじゃないよ! 味見程度だから!」

「十分食べるつもりだったじゃねえかドブカス! …いいや、おまえも仕事中だし…。お嬢、寝ましょう」

「うん」


 神崎が差し出した手へぱたぱたと少女は走って行く。

 残念そうに見送る長谷は手袋をはめ直した。


「また遊び来てくださいね」

「二度と行かせねぇよ馬鹿」




 手を繋いで二人は歩いている。

 時折すれ違う構成員が胡乱気にこちらを見た後、少女を見て慌てて道を開ける。

 よほどの危害を与えない限り、少女の父親はその重い腰を上げようとしないというのに。

 彼女の父親である『鬼』は、自分の血を継いだ人間を傍に置いていないと恐ろしいようだった。ならば殺せばいいものを、いずれ少女が女に成長したときに利用価値があると踏んでいるのか生かしているのだろう。

 娼婦ぐらいにはなれるかもしれない。少女の母親がそうであったように。


「はせは、わたしのこと、きらいなの?」

「いやぁ。あれは言葉通りお嬢のことが好きなんですよ。大好き以上。その結果がカニバリズムとか本当にどうしようもないなアイツは…」


 ため息交じりに神崎は同期の愚痴を漏らす。

 長谷がその言動の割には世渡りが上手いため、何度か助けてもらったこともあるので悪くは言えないのだが。


 どうも少女に熱を上げているようで目を離せば良からぬ視線で見ていることがしばしばある。

 例えばそれが単純な恋愛感情だとか、愛玩動物を愛でるような、一見ほほえましい類であるならば静観していたところだが――長谷の『愛』はすべて解体につながる。

 さらには少女を「食べてみたい」と言いだすものだから密室に二人きりではいさせられない。かといってこの異常な男を見張ってくれる人間などそうザラにいるわけもなく。


 もうすこし成長したなら『仕事』に連れて行ってもいいかもしれない。

 幸い死体を見ても悲鳴を上げないし、うまく行けば囮に使えるだろう。

 そのようなことを頭の中で組み立てていたので少女が話しかけてくるまでだんまりだったことに気がつかなかった。

 

「…かんざきは?」

「ん?」

「かんざきは、わたしのこと、きらい?」


 見上げた瞳には不安が揺らいでいる。

 彼女の背景事情を考えて、神崎は緩く微笑んだ。

 手を握る力を込め、少女の年齢でもはっきりと分かるように言う。


「おれはお嬢のことが好きですよ」


 目を見て、甘く耳介にささやきを落とす。


「だから、お嬢もおれのことだけ好きでいてください」


 少女は知らず、その威圧の前に頷いた。


 頼れるのが神崎だけであるならば。

 依存を強くし、神崎の言うことだけを聞けるようになれば、この上なく使いやすい女になると予想していた。

 見麗しく、素直で、無知な、彼好みの女が育つ。

 しかもあの男の血を引いているとなれば、手放す理由にはならない。


 だが、その計算は後に狂うこととなる。

 ここから数年たったころ、彼らはとある組織の重鎮の家を襲撃し、そして――。



 神崎の知らぬところで、少女はと出会ってしまったから。



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