十三話『息子』(後)
正直、悪趣味だな。
でも大切な娘ならばそのぐらいのぶっとんだ行為に走っても仕方ないものなのか。添田一郎がそんな子煩悩だとは思わなかったけど。
年齢は十一歳だっけ。かわいい盛りだったに違いない。
「そのペンダントで開くものの中身は?」
「さあ…」
「開けてみないと分かんないよ〜。大事なのはね、どうもそのペンダントが狙われているってことなの~」
「えっ!?」
「断定は出来ないけどね~。でも、それまでのお母さまの動きだとかを聞くとなんかすごい大切なものみたい。…娘の骨を必死で守ろうとしたお母さまとしても話は通じるでしょうけど」
「……」
遺骨ペンダントをにらんで、添田君は考える素振りをしていたが諦めたように首を振った。
「中身のことは、何も。母には母なりの意図はあったんでしょうが、会って話さないとなんとも…」
…まだ生きているなら聞けるだろうけど…。
確定もしていないことを口に出すのははばかられたので頷くだけにとどめる。
添田君はいろいろ心労もあるだろうに、それを表にも出さず気丈に笑って見せた。
「これから実家に向かいます。伯父や、親戚がいるとしても父を一人にはさせられないし、母の行方を知っている人もいるでしょう」
「おいおい! 大丈夫なのか。仲が悪いんだろう」
「仲が悪くても僕は添田家の人間です。終わらせるところはきちんとしなければ」
「いや……そうなんだろうけど…」
所長が逡巡する理由も分かる。
彼には今、後ろ盾が完全にない状態なのだ。
親戚の人々がどういった人たちかは想像するでしかないけど、高利貸しの息子をどんな扱いするか。お金のトラブルのひとつやふたつ持ち出してきたりしてもおかしくない。
優しくしてくれる人ももちろんいるだろうが…。
僕だったら全部放り投げて逃げる。
添田君はじっと妹の入ったペンダントを見た。
「こちら、よろしければもう少し預かってもらえませんか?」
「お預かりサービスはしていないんだが」
「金額はきちんと払います。でも、なんというか…妹はつれていけない。例え骨になっても嫌なものは見せたくないなって」
「……」
何も起こらないわけがないってことか。
そんなところに一人で行くんだから大したものだ。
「問題はドタバタで取りに戻るの忘れそうなことですが…」
「じゃあ、これ持って行って~。これならいつでも預けていること思い出せるでしょ? 都合のいい時に取りに来てね」
百子さんは袋からIDストラップとネックレスチェーンを取り出し、手早くチェーンを通した。ふうん、まあ似ていると言われれば似ているようなものになった。
渡そうとしたときに所長のストップがかかった。
「待て」
傍にあった紙をちぎり取ると、そこへ何かをさらさらと書き込んだ。そしてIDストラップの中にねじ込む。
「俺の携帯番号だ。何かの縁だ、困ったら連絡してくれ」
…所長の書いた文字、読めるのかな。
百子さんも心配げな顔をしていた。文字を書くだけで心配される上司ってどうなの。
「ありがとうございます。事務所の番号も登録しておきますよ」
賢明な判断だった。
「ま、お守り代わりだ。気張れよ」
「はい」
添田君は立ち上げる。姫香さんに「お茶ありがとうございました」とはにかむと、事務所のドアをくぐっていった。
足音が小さくなっていく。
「……想像した以上に好青年でしたね」
咲夜さんが呟くと、所長は深く首を縦に振った。
「あれ本当に息子かって思った。父親に似なくて本当によかったな。ムカつく男だったんだぞ」
もしや反面教師にしたのでは。
「でも警戒心薄いのはちょっとね~。それだけ追い詰められていたにしろ、危なっかしいな~」
「あんないい人がこれからドロドロ人間ドラマに巻き込まれるかと思うと胃が痛くなります…」
僕の胃はすでにキリキリしてる。
親戚のことは当然覚えてないが、朝の駅前で彼氏にすがりつく女の子とか嫉妬に狂った依頼人とか昼ドラとかそういう胃と心が痛くなるシーンは何度も見た。
…親の葬式ね。
僕は、どうだったのか。親が生きているのかも分からない。
「話した感じそこ抜けの馬鹿じゃなさそうだし、なんとか掻い潜れるんじゃねえの。あとは無事アメリカなりなんなり逃げられることを祈ることだ」
二組の来客対応を短時間で終えた所長はぐったりと背もたれに体重をかける。さすがにこれはハード(当社比)だったようだ。
それから百子さんは録音装置を弄り始め、咲夜さんは事務所を掃除するつもりか再び箒を取り出す。
姫香さんはさっさとお茶を片付けて下の骨董屋を見に行ってしまった。今日はけっこう姫香さんと一緒にいられたからラッキーだ。
続きは明日か明後日だろうか。彼が答えを持ってきてくれたらいいんだけどな。
と、思っていたのだが。
夜の十時半。
アパートの四畳間の自室で、僕は下の階や隣の部屋に迷惑をかけない程度に筋トレを行っていた。
一通り終えてクールダウンしていると、百子さんのお下がりとして貰い受けた折り畳み式携帯が震えた。
ディスプレイを見てみると所長からだ。こんな夜に珍しい。
「もしもし」
声を抑えて電話を取る。
『夜弦。良かった』
なんだか緊迫した雰囲気だ。自然と顔が険しくなる。
『今から出てきてくれないか。動ける格好で』
「え? はい、別にいいですけど。なにがありました…か?」
思い当たる節が一つあった。
すっと背中から温度が落ちる感覚。
『添田洋介がさらわれた。生死は不明。ついさっき俺に脅迫の電話が届いたんだ』