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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
五章 シークレットパーティー
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二十話『きっとこれは、恋なんかじゃない』

 近くで待機していたようで、そこまで待たずに車は来た。

 ぼうっとしていたら所長に肘で小突かれる。慌ててドアを開けた。そうだった、まだ全部終わったわけではない。どこに目があるかもわからないのだ。家に帰るまでがボディーガードてやつだ。


「おかえりなさい」

「ありがとうございます」

 

 運転手さんは僕らが疲れているのを見てとったのか特に何も言わないでくれた。

 車が滑り出すと所長はさっさとネクタイを緩める。もう少し耐えろ。


「……」


 そして一言も発さぬままにスマホを取り出し文字の羅列とにらめっこし始めた。

 別の車に乗った百子さんとやりとりしているんだろう。


 もう一度先ほどの情報を頭の中に広げる。

 …主催者が死んでいた、か。

 開会の前の慌ただしさもそれならつじつまが合う。死んでいたとあそこで公言が出来なかったのは、大人の事情ってものだろう。

 どちらにしろこちらには関係のない事だ。

 だけどそれに彼――神崎が関わっているのならば…「どうして殺したのか」ということが気になる。

 頭痛がひどくなってきた。考察は家に帰ってからにしよう。


 気分を変えるために添田君に話しかける。


「今日はどうだった?」


 運転手さんが気を利かせて渡してくれたミネラルウォーターをぼんやり飲んでいた彼が盛大にむせる。

 いきなり話しかけた僕も悪いけどオーバーすぎるだろ。


「げほ、え、えっと、どうだったって?」

「そのままの意味だよ。感想は?」

「ああ…いろんな人が居るんだなって…」

「例えば?」

「ずっと手が震えている人とか、目の焦点あってない人が居たり…」

「どう考えてもヤバいやつだね!?」


 どういったことからそんな症状が出たのかもう確かめようがないけど!

 そこまでして社交場に行かなくてはいけないシビアな世界なのかな。本人に自覚症状がないだとか、無理を押してでもいかなくてはならないほどパーティーに意味があるとか。

 一般人には分からない次元の話だ。


「とりあえず、一つ大きなヤマは終わらせました。ここから先のことはまた祖父と決めていきます」

「…大変だね」

「いえ。遺された人間には残されたなりにしなくてはいけないことがあるので」


 添田君はぎゅっと胸元を、遺骨ペンダントを握った。


「妹にだらしないところもみせられないし」

「そうだね」


 ヘタレだと思っていたけど、僕以上に彼は現状と未来をしっかりと見ている。

 …僕も、自分を見つめ直さなくてはならないだろうか。



 ありがたいことに事務所まで送迎してくれた。

 運転手さんに礼を言って降りる。ここで僕もようやくネクタイを緩めた。

 所長と添田君は短く会話をしている。


「添田青年もお疲れ様だな。ま、なんかあったらまた頼ってくれ」

「ありがとうございます」


 この探偵事務所を頼らなければならないケースが彼に来ないことを願う。

 もうこれ以上は添田君も裏の世界に足ツッコんでもおかしくなさそうだ。


「あの、夜弦さん」

「ん?」

「ちょっといいですか」


 このまま添田君は車に乗ってお別れかと思ったら個別に呼ばれた。

 所長たちは不思議そうな顔をしたが先に行っていると僕に告げて事務所に入っていく。大人の対応だ。


「どうかした?」

「今日は本当にありがとうございました。――いえ、前回もですけど」

「うん? うん。別に、僕はなにもしてないよ」


 今回に至っては体調不良になった挙句ボコされたしな。

 わざわざお礼を言うために呼んだわけではないだろう。。

 車のドアは閉められていて周りにも人はいないが、警戒して添田君は小声になる。

 なんとなくその動作が彼の母親と被った。


「さすがに城野さんの前で言うのもはばかられたんで‥。まあ、その、実はですね」

「うん」

「ちょっと…えーと…」

「……」


 そんなに言い辛いことを言おうとしているのかな。

 なんだかこっちも緊張してきた。

 添田君がますます小さな声で、ぼそりと、言った。


「姫香さんってかわいいじゃないですか」


 自分の口から出た言葉の癖にボッと彼の顔が赤くなる。照れるな。女子高生か。

 こっちまで恥ずかしくなる。


「かわいいけど…」


 かわいいけど。それがどうしたというのだろう。

 

「それで、なんというか、――彼女の事好きだなんだって、最近気づきまして」


 添田君ははにかむ。

 それとは逆に僕の息がぎゅっと詰まる。

 どうしてなのか自分自身でもわからない。


 『夜弦さんって、姫香さんのこと好きなんですか?』

 いつかの咲夜さんの声が蘇った。その時なんて言ったっけ。なにを考えたっけ。

 好きなんだと思う。妹みたいな感じで。救われて。

 でも、この添田君の告白が、『好き』という思いが本当の恋愛感情だとするのなら。

 僕も彼みたいな感情を彼女に抱いているのだろうかと聞かれたら――何かが違う。


 これは、庇護でも憧れでもなくて――。


「う、うん、それで?」


 なにか恐ろしいことに気づいてしまいそうだったので無理やり考えを元に戻す。


「でも今日で分かりました。僕には彼女を振り向かせられない」

「そ、それはどうだろう。希望を持とうよ。まずはメールからだよ」

「いえ、いいんです」

「諦めるなよ、まだチャンスはあるよ、いけるいける」

「ちょっと黙ってください」

「はい」


 なんで添田君苛立ってるの。

 その強さをもう少しパーティーで出せなかったのか。


「彼女、言葉は少ない代わりにけっこう態度には現われるんですね」

「それは…どうなんだろ」


 ボディランゲージもあまり使わないからな。

 首を動かすぐらい。


「ずっと目で探しているのを見たら嫌でもわかりますよ。特に僕なんか、ずっと彼女の視線を気にしてましたから」

「ちょっと待って、何のこと言ってるの?」


 不思議そうに添田君は首を傾げ、「ああ」とつぶやいた。

 そしてにやりと笑う。


「なるほど。死ぬほど悔しいので言いません」

「どうしてここで強気に」

「失恋したところで死ぬってことでもないですし…世界は広いですから一人ぐらいはもしかしたら僕を好きになってくれる人が居るでしょう」

「何でそう言うところでグローバルポジティブになるんだい」


 勝手に失恋して勝手に納得した。

 大丈夫かな、疲れているんじゃないかな。


「…姫香さんにはなんか言っといたほうがいい?」

「何も言わないでください」

「分かった。…ねえ、なんでそれを僕に?」

「そこまで鈍感だとちょっとむかついてきますね。完全にあきらめたわけでもないので、宣戦布告みたいなことをしたかっただけです」

「宣戦布告って!?」

「それじゃあ、また機会がありましたら。お元気で」


 まったくこちらの話を聞かずに添田君は車に乗り込んでしまった。

 あとに残された僕はその場に立ち尽くす。


「……年頃ゆえの思考なんだろうけど、もうちょっと人を見なよ…」


 添田君は一つ間違えている。

 鈍感とか何とか言ってたアレ。つまりは、僕へと姫香さんが向けている感情。

 それの正体は恋愛なんて甘酸っぱいものじゃない。僕が彼女へ向ける感情と同じように。


 初めて会った時から感じ取っていた。

 あれは――憐憫だ。


「きな臭く、なってきたなぁ」


 独り言を言いながら、僕は事務所に向かって歩き出した。

 


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