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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
五章 シークレットパーティー
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十九話『僕はもう帰ります、帰るったら帰る』

「夜弦」


 戻ってきた僕たちにまず声を掛けたのは姫香さんだった。

 どこかほっとしたような――彼女にしては珍しい、明確な感情が顔に出ていた。

 散々な目に合ったけど姫香さんにこんな表情向けられるなら悪いことばかりではなかったなって。いや、それを差し引いても悪いこと起こりすぎだろ。


「俺にはなしかよ、お兄ちゃん泣いちゃう」


 なんかスキンヘッドの怖い顔した人が呟いていたけど聞かなかったことにする。


 疲労感マックスの顔の添田君が僕の様子に少し引いた。鼻血は止まったけど、痣は残っている。

 これが正常な反応なんだろうがちょっと傷付いちゃうぞ。


「具合はいかがですか…と聞きたいところですが。なにがあったんですかソレ…」

「階段で転びました」

「冗談ですよね?」


 うーん、添田君にすら真顔でそう言われてしまうか。

 その後ろで咲夜さんが訝しむような目で僕を見ている。彼女にも恐らくは嘘だとバレているだろう。

 僕はそんなに嘘をつくのが上手ではないらしい。


「心配には及びません。生きてますから」

「そりゃあ死んでいたら動けないでしょう…」


 頭が硬いな添田君は。

 それともそんな冗談さえ真正面から返してしまうほど疲弊しているのかな。

 彼の全身からとてもだるいオーラが出ているような気さえする。


「…さて、そろそろ離脱してもいいですかね。いや、します。城野さんのお仕事は?」


 決断的な表情だった。

 正直今の添田君が一番かっこいい。


「え? ああ、もう大丈夫ですが。そちらこそもうよろしいのですか」

「そろそろ潮時かなって。挨拶すべき人にはもうしてしまいましたから」

「正直に言うと?」

「疲れたので帰りたい」


 力強い一言だった。とても正直でよろしい。

 だよねぇ。こういうところに長時間いるのは辛い。

 楽しめる人は楽しめるのだろうけど――慣れていなければただの苦痛。

 用をこなしたあともズルズルいる義理は無いだろう。

 現にちらほら帰っている人たちもいる。新顔が帰ってもそうとやかくは言われないはず。


 それなら、と所長は添田君に出口を示した。

 行きよりも早足で彼は出ていく。

 その後ろを姫香さんと咲夜さんがついていく。

 所長は電話を取り出して出庫の指示をした。僕は後ろをついて行くだけなので楽だ。


 ん、姫香さんの肩あたりに何か赤みがあるような。気のせいかな。


「ちょっとごめん」


 百子さんも電話を取り出す。

 こちらは誰かから連絡が来たようだ。


「うん、もう帰るけど…なにがあったの? え?」


 フランクな話し方(というより百子さんは大体の人に対してはフランクだ)だから、鴨宮妹弟かな。

 ああ、そう言えばこのスーツ借りものだった。

 クリーニングでどうにかなるかな。なるよな。きっとなる。


五十鈴いっちゃん、もう一度言って」


 百子さんが声を潜めながら電話口にささやく。

 一瞬にして彼が纏う空気に緊張が生まれる。


「主催者が…。どうして?」


 咲夜さんは察して添田君に何事か話しかけ、意識を逸らさせた。


「…そう。うん、お願い。じゃあ後で」

「モモ、なにが」


 指示を終えた所長が小声で百子さんに聞く。

 百子さんは親指を立てて自分の胸に当て、そのまま下へ引きさげた。

 意図を組み誤っていなければ、何らかの事情によって死んでいたということだろうか。


 …神崎が、殺したのだろう。

 これは確信だ。

 もし冤罪だったとしても僕をボコした相手に特に申し訳ない気持ちにはならない。


 もしかしたら開会する前にすでに――。

 となると、神崎のあの血の匂いはすでに殺しを終えて来た匂いだったというのか。

 まったくそんな雰囲気さえ見せずに――まるで殺しなんて特別な事ではないように。

 ウェイターに化けて、ワイン瓶を持ち非常階段へ行き。そこまでのプロセスは意図が不明だが、結果的に僕を見つけて自然な運びで殺しに来たのか。


 …僕が想像するより頭がおかしいやつなのかもしれない、あいつ。


「神崎か…」


 口の中で呟く。

 もう会いたくないけど。

 きっと会わなくてはいけない日が来る。


「――夜弦?」


 訝しげに、そしてどこか怯えを含んだような瞳で姫香さんが僕を見ていた。

 そんなに怖い顔していたかな。気を付けないと。


「なんでもないです。…なにか、会場で食べましたか?」

「…生ハムメロン」


 生ハムメロンか、そうか。

 反応に困るな…。



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