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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
五章 シークレットパーティー
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十八話『僕と所長』

 無事に鼻血も止まり、救護室から出る。

 廊下に敷かれた絨毯はふかふかしているが、僕たちの間には硬い空気が漂っていた。


 不味い事聞いてしまったなぁ。

 雰囲気まで悪くしてなにしてんだか。

 後悔後に立たずであるが、でも、どうしても聞きたかったのだ。

 どうして所長は僕をここまで保護するのかと。


 神崎の野郎の放った『騙されている』という言葉はどうしてか僕の奥底に突き刺さった。

 未だに胸の中で反論を――できないでいる。

 それはひとえに『そうなのではないか』と疑っている僕がいるからだ。


 否定をしたかった。

 次、もし神崎に会った時――『きみの言ったことは的外れだったよ』と笑い飛ばしてやりたかった。


 だけど、現実は非常である。

 疑念のみが残った。


 結果的に所長と僕の間に見えない溝ができてしまった。

 僕の溝と、所長の溝。

 広く、深く、向こう側に行くには不可能な。


 僕の記憶が戻った時、その溝は埋まるのだろうか。それとも――


「夜弦」


 上の階に繋がる階段に差し掛かった時、不意に所長が僕を呼んだ。

 久しぶりに、あだ名ではない呼び方をされた気がする。


「あんたは俺を殺せるか」


 あまりにも突拍子無くて、あまりにも単純で、あまりにも難解な質問だった。


「…哲学的な話ですか?」


 従業員の居る線路と富豪の居る線路で、暴走トロッコをどっちに向かわせるとか。

 そういう白熱授業みたいなやつ。

 所長はサングラスを取り出してかけた。目の動きが読めなくなる。


「マジの話。夜弦が俺にすごくムカついて仕方なくなった時、どうするのかと思って」

「いくら僕でもそんな子供っぽい動機で人を殺せませんよ…」

「ナチュラル殺人クソマシーンが何言ってんだ」


 ひどいネーミングだな!


「例えばでいいんだよ。俺がもしあんたの大切なものを壊したら? 永遠にそれが戻らないと知ったら?」


 大切なものを壊されたら、か。

 程度に寄るけど、それはマグカップを壊されたというような小さなレベルではないだろう。

 人の命とか、誇りとか、そう言う次元の話をしているのだ。


 …いやぁ、いくらなんでも所長がそんな極悪人には見えない。

 やむを得ない事情で、というケースならありそうだが。

 自分のエゴの為に僕の大切なものを壊すってことはどうにも考えづらかった。

 だんまりになった僕を見て所長は苦笑する。


「そんな考えるなよ。即決しろ、男だろ」

「どんな性別でもさすがにこれは即答できないと思うんですけど…」


 記憶を失う前の僕は何と答えていたのだろう。

 僕は僕を知らない。それほどまでに、自分を失っているのだ。


 だから周りの意見で簡単に揺らぐ。


「一発蹴りますかね…」

「…殴るんじゃなくて?」

「手が痛くなるのは嫌だなぁって」

「冷静かよ」


 さすがに手加減はする。足だけど。


「ちなみに模範解答はなんですか?」


 所長は寂しそうな、楽しそうな、そんな複雑な笑みを作った。

 救護室から続く話で思うところがあったのは僕だけではないらしい。


「ためらいなく――殺してみせろ」


 殺されるとはどのようなものか。

 死ぬとはどういうものか。

 分かり切っているはずの彼は、そう言った。


「…所長?」

「おら、しゃきっとしろ。会場に戻るぞ」


 さっさと先に行ってしまう所長の背中を追いかけながら僕は所長の言葉を反芻する。

 殺されても仕方がないと考えるほどの何かが、あるのか?


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