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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
五章 シークレットパーティー
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十六話『ウェイターもどきはかく語りき』

 僕は、どうにかして口元に笑みを浮かべた。

 精いっぱいの虚勢。


「記憶喪失? また失礼なことを言うね。他人の空似じゃないのかな」


 そうであってくれと願う。

 その一方で、彼の探している『僕』は僕なのだろうと、妙な確信があった。

 

「他人の空似、ねえ。まあ確かにあの時と雰囲気はだいぶ違っているけど、おまえはおまえだよ。おれが探しているのはおまえとお嬢・・

「…お嬢って誰だ」

「お嬢はお嬢さ。ま、いずれ分かるだろ。それがどんなときかは知らないけど」


 …お嬢というぐらいだから女性かな。僕の周りで女性と言えば、咲夜さんか姫香さんしかいない。

 あとは百子さんもだが――彼は入れていいものかちょっと分からないな。

 この中で、『傍に置くような気の触れたこと』というのは誰を指しているのだろう。分からない。

 それに『あの時』とはいつのことだ?

 やはり僕たちは以前にも会っていたのか?


 だけど、一つ一つを聞いていくのは僕のことを暴露するのと同じだ。

 そしてこの男が本当のことを離してくれる確証もない。


 ――そもそもここまでが与太話の一つという事もあり得るか。


「あとまあ、記憶を失っているなら、なるほどってこともあるし」

「なにが…?」

「おまえはおまえが思う以上に価値のある人間なんだぜ。羨ましいねえ、ほんと」


 嫌味と皮肉をたっぷりと含んだ物言いにイラッとくるが黙っておく。

 拳で語り合っていいのは意見が相違したときだけだ。

 今は穏便に(ファーストコンタクトから穏便ではないが)腹の探り合いをした方が賢い。


「あー、というか本当におれのこと忘れちゃったか。それじゃあいくら殺し合っても面白くもなんともないわ」


 殺し合ってもって。さらりと言いやがった。

 粋がっているだけならまだかわいいけど、先ほどのことから考えるに確かに殺し合いも出来そうな腕だった。あやうく殺されそうになったし。


 残念そうにするウェイターもどきに言われっぱなしなのは性に合わないので僕からも口を開く。


「君は…結構なナルシストなんだな。もしかしてあれかい、全世界が自分のことを知っているとか錯覚している可哀想な類かな」

「ははは、言うね。おれのことは知るべき人間が知っていればいい。それ以外はただのゴミだ。ゴミに名前を呼ばれるほどおれは安くはない」


 あまりにも尊大に堂々と彼は言い切った。

 僕は思わず言葉を失う。

 どこからその自信が構築されたのかぜひとも教えていただきたい。恥ずかしくないのだろうか。


 彼はそんな僕を前に深々と息を吐いた。


「記憶喪失なら今ばらしてもつまんないな。ならもう少し時期を見計らってネタばらししよう」

「待てよ。僕は記憶喪失ではないし、なにがネタばらしだ。一体君は何の目的で僕を襲った」

「まだそれ言うの? 良いって別に、分かるし。逆に助かってよかったじゃないか。今のおまえを殺すのは面白くない」

「殺す…だと」

「殺すよ。いつか必ず絶対に殺す。お嬢以外の人間はみんな殺す。組織一個潰した代償は取ってもらわなくてはならない」


 無表情でそう言った。

 そしておそらくは利き手の右を軽く握りしめた。

 もう一戦するつもりか。


「ま、それはまた今度会った時にだ。安心しなよ、裏の世界なんて狭いもんだぜ。ちょっとぶらつけばすぐに互いを見つけることが出来る」

「……」

「その時までにちゃんと記憶を戻しといてね。ああでもそうなったらゆっくりお話なんてできないかもしれないのか」


 ウェイターもどきは腕を引いた。

 僕はガードの姿勢を取り、それから蹴りを一発叩きこめるように集中する。


「一つだけ忠告しておいてあげる。――おまえ、騙されているよ」

「え?」


 呆気に取られて間抜けな隙を作ってしまう。

 見事なボディーブローを叩きこまれ、その上踊り場から足を踏み外し階段を転がる。


「っ…」


 どうにか動きを止められたが背中を打ってしまい一時的な呼吸困難に陥る。

 むせながら僕を冷たく見下ろす彼を睨んだ。


「都合のいいように。具合のいいように。しょせん、今のおまえは操り人形だ」


 誰が。


「記憶がないのを良いことに好き勝手使われて」


 どうして。


「おまえはこんなところで埋もれている人材ではない」


 なんのために。


「天秤にかけておいてくれよ。最後に信じられるのはどっちかってさ。すべてを知ったうえでおまえがおれを選べば、両手を広げて歓迎するからね」


 僕を殺したいのか呼び込みたいのかどっちなんだ。


 それ以上は何も言わずに踵を返し階段を上っていった。

 待てと言おうと思ったけど待たれたところで何があるというのだ。

 僕の圧倒的な不利を見ても、これは黙って見送るしかない。歯がゆさを覚えながらそう結論付けた。


 そんな僕に追い打ちをかけるように、ウェイターもどきは途中で振り返る。

 人を小馬鹿にした笑みを浮かべて。


「おれの名前は神崎カンザキだ。一応覚えておいてくれよ、『国府津夜弦』くん」


 彼は、神崎は、言った。


 後に一人残された僕は立ち上がる気力もなく茫然とするほかない。

 情報が一気に脳内に注がれて正常な判断ができない。

 信じるだって?

 疑えといっているようなもんじゃないか。探偵事務所の仲間たちを。


 国府津夜弦?

 それが僕の名前なのか?


 『国府津』って、どこの組織だ。組織? なんの?


 僕は誰だ。

 どこからきた。

 どうしてここにいる。


 思考が、記憶が、疑念が、キャパシティーを大きく超える。

 僕はその場で嘔吐した。



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