十二話『息子』(前)
「さて――」
所長と百子さん、対面には添田洋介さんが対面して座る。姫香さんがお茶を置いた。
構図的にはあの二人組の時と同じだが、先ほどと違うのはみんなで詰めかけていることだろう。
「探偵事務所に何しに来たのか、教えてくれないか」
先ほどとは打って変わった、丁寧な態度で所長は問う。
緊張した面持ちで彼は頷いた。
「はい。順番に言いますね。数日前に母から連絡があったんです。…父が亡くなったとのことでした」
亡くなったという言葉にそこに悲観的な響きはなかった。
「添田君は、それまで一人暮らしだったの~?」
「そうです、アメリカへ留学していたので…。父と仲は良くなかったんですが、子供はもう僕しかいませんし母のことも心配だったので帰国しました」
『もう』。
ああ、そうか。姉か妹かは分からないけど女きょうだいは亡くなっているんだった。
となると二人きょうだいだったわけか。僕にもきょうだいはいたんだろうか。
「もう父親の葬式には出た…って昨日か」
「それが……まだ出てないんです」
添田君(でいいか。年下っぽいし)は困惑した表情を作った。
「母曰く、葬式にも告別式にも出るなと。だけど渡すものはあるからこっそり帰ってきて、受け取ったらすぐ帰れとか言われまして」
「郵送じゃ駄目だったんでしょうか」
咲夜さんは最もな意見を口にしたけど、それには添田君も首を捻った。
手渡しでないといけないものかな。
一番関わりがある彼が分からないなら僕らも分からないか。
「すぐ記入しないといけない書類でもあったんじゃねえかな。…少し深入りしたことだから答えたくないならいいが、添田家と親戚との関係は?」
「あまり。その、父が親戚にもけっこう金を貸していて、それを高額な利子付きで返すよう言ったりもあったみたいで」
所長の気遣いはあったが、正直に話してくれるようだった。
そんなにここを信用して大丈夫かと逆に心配になってくる。
「僕はもうずっと会っていないんですけど」
「無理に会わなくていいんじゃねえの。…しかしあの依頼の時から変わらねえんだな…。まあ、いい。それでーーどうして城野探偵事務所に足を向けたんだ?」
「母から、困ったらここを頼るようにと言われました。なんでも父が一度助けてもらっていたとかで」
「一度依頼して成功したぐらいで信用されるってどんだけなんだよ…」
「そこまで追い込まれていたんじゃないですかねぇ」
「困った、ね~。ということは困ったことあるの~?」
「はい、その、母と連絡がつかなくて。日本時間で昨日の昼ごろから」
「……」
「……」
それまで必要な時以外は声を出さなかったので静かだったけど、添田君の言葉にさらに沈黙が深まる。
それに気づいているのかいないのか、彼は続ける。
「ぼくもアメリカから帰ってきたばかりで事情が呑み込めてません。だけど何か嫌な予感はするんです」
「…あたり、だろうな」
重々しく所長は口を開いた。それから姫香さんを振り返って「ペンダント」とだけ言った。
ただならぬ雰囲気に気付いて添田君は背筋を伸ばし、所長はわずかに身を乗り出す。
「あんたと母親はどこかで集合する予定だったのか?」
「え? はい。新宿駅で」
――鍵も新宿駅のものだった。
「集合って言っても、なんといいますか…すれ違い様に渡すから、それだけ持って帰れみたいな変なことを」
最初からペンダントを渡すのは秘密裏に行う予定だったらしい。
それが出来なくなったというのは、その時間が無くなったか、計画がばれてしまったか。
そう言えば咲夜さんがロッカーについたころには既にペンダント(相手が知っているかは不明だが)を探していたはずだ。
「昨日。あんたの母親にこれを――正確にはこれが入ったロッカーの鍵を託された。ただならぬ様子だったそうだ」
「……いったい何が」
「こっちも聞きたい。なあ、これに見覚えは?」
姫香さんが持ってきた布を受け取り、添田君の前で広げて見せる。
金色の筒が蛍光灯によって鈍く照らされた。
「これは…!」
「知っているんだな」
「母さんのものです。これ遺骨ペンダントと言って、妹の骨が入っています」
よほどびっくりしたのか「母さん」呼びになっている。
しかし百子さんの推理は当たっていたってわけか。当の本人はうれしそうな顔もせず淡々とした表情でペンダントを見ているだけだ。クールだな。
「これはペンダント以外に何か意味は? それともこれだけで価値があるものか?」
「少し待ってください…」
こころあたりはあるらしくこめかみに指を当てた。
その間に所長はお茶で口内を濡らす。
「何かの『鍵』だとは聞きましたけど、よく覚えていません」
「『鍵』? その…遺骨ペンダントで?」
「妹が死んだときによほどショックだったみたいで、父がペンダントを鍵として開く金庫みたいなものを作らせたとかなんとかは母伝手に聞きました」
ーーなんというか、娘を鍵にするか。