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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
五章 シークレットパーティー
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十五話『非常階段にて2』

 こつん、とウェイターは一段降りる。

 距離が近くになるにつれて心臓が早鐘を打つ。


 なんだ、誰だ、どうして。


 纏まらない思考がぐるぐると頭の中を空回りする。

 たまたま目つきが悪かっただけかもしれない。たまたま誰かの傷の手当てをしていただけなのかもしれない。

 それでも、吐き気がするほどの確信が僕にはあった。


 この人、僕と同類だ。

 僕と同じ人殺しだ。


 こつん、と残された段差はあとひとつになって。

 ウェイターは二つあるうちの一つの瓶を投げつけて来た。

 左腕で受け止め、横に飛ばす。一瞬腕がしびれたがどうってことはない。悪くてヒビが入る程度だ。

 だけど、僕の視界を塞ぐのには十分だった。


 すでに間合いを詰めて来たウェイターは残る瓶を振りかぶる。

 物事にはパターンがあるもので、それなりにこの流れは予測出来た。

 それでも反応が遅れギリギリで避ける。

 僕の後ろの壁にそれはあたり、ガラスの割れるけたたましい音が閉鎖された空間にきんきんと響き渡った。

 破片が顔を掠める。

 思わず目を細め、しまったと気付くときには遅かった。


「ぐっ!」


 強烈な右ストレートを顔面に食らった。

 耐え切れずに後ろへ転び、転がる。たいして広くはない踊り場だが、距離を取ることだけは出来た。

 ウェイターはその間に足元に散らばる大きな瓶の破片を足で退けた。


 鼻、折れてないよな。

 つまんでみたが痛みはない。幸いにも無事だったようだ。

 鼻腔に濃く匂う血に酔いそうになる。鼻血か。


「ひどいな…」


 僕は手の甲で鼻血を拭う。

 結構豪快に溢れ出ている。


「借り物の服なのに。汚れてしまったじゃないか」


 クリーニングで落とせるのかどうか、そこまで知識は無い。

 でも血は難しいのではなかったか。弁償になったらいやだなぁ。


「……。気にするのはそこだけかい?」

「傷は治る。汚れは落ちない。それだけだ」


 で? と僕は先を促した。

 まったくもって有利ではない状況だが、少しでも強気でいたかった。


「きみは誰? 気まぐれに僕をぶん殴ったわけじゃないだろ?」

「嘘だろ?」


 返ってきたのは疑い。

 ウェイターは不審げな表情をした。


「おれが誰とか覚えていないの?」


 粋なナンパだな。

 少なくとも街中であったなら迷いなく交番に叩きこんでいると思う。


「いきなり殴りかかってくるような人間は知らないけど」


 記憶を失くす前の僕がアグレッシブな知り合いを持っていないことを祈るばかりだ。

 こんなやつばかりだったら僕の精神が持たない。


 ――でも。

 頭痛がひどくなっている。

 もしこれが殴られたからではなく、何かを思いだそうとしているのであれば。彼はもしかしたら僕と何らかの接点を持っていたのかもしれない。

 ただし記憶喪失ということを漏らさないほうがいい。僕にはまだ何が真実かも分かっていないのだから。


 さてどうするか。ここは普通に逃げたほうがいいのかもしれないけれど。

 ウェイターの横をすり抜けるというのはさすがに無謀だし、このまま下の階まで目指してもどのような障害物があるか分からない。


「…本当に? いや、さすがに冗談だろ?」

「しつこいな。そもそもウェイターの友人なんて持った覚えもないからな」

「これはパクってきた」

「おい」


 おい。隠す気もないのか。

 あと迂闊にも親しく話してしまった自分にも「おい」だ。


 ぴきぴきと足の裏でガラスの破片を踏みつけながらウェイターは僕を見ながらじっと思案する。

 どこかで見た顔だろうか。

 性根ねじ曲がってそうな顔つきの人間にピンとはこない。


 ウェイターもどきは考えがまとまったのか、口を開いた。


「ああ…。もしかして、記憶を失くしていないか?」


 さらに続けて。


「そうだよな。そうじゃなかったら彼女・・を生かして傍に置くような気の触れたことはしないもんな」


 その言い方はまるで、僕に記憶があったら彼女・・とやらを殺しているというような。

 そんなふうに――いや、その通りの捉える言葉なのだろう。


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