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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
五章 シークレットパーティー
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十三話『こんなデビューあってたまるか』

 周りが話声で賑やかなので、今の言葉は僕たちにしか聞こえなかっただろうというのが唯一の救いだった。共犯にされたらやりきれない。

 念のためあたりを見回すがこちらに注意を払っている人はいない。助かった。


「それは…」

「高い薬ですが、今回は無償にしますよ。いや、見る世界が変わりますよ」


 ちょ、ちょ、ちょっと待て、いきなり誘うのか!?

 それも大胆に!?

 もう少し言い方っていうのがあるし、なにより素性も知れない新顔に誘いをかけるとか頭おかしいんじゃないのか!?

 しかもボディーガード(もどき)の僕らの前で!

 もしかして…発音が怪しかったり、酔った雰囲気なのはラリって…いやいやいや。


 そこまで暑くないはずなのに添田君のこめかみから汗が流れていた。

 気持ちは痛いほどに分かる。

 来て最初に話しかけてくれた人が危ない薬を使わそうとしているなんてショックすぎるだろ。


「いいですよぉ。ね? 行きましょうよ」

「僕は…」

「一回やってみましょうよ」


 これ、少し前ぐらいに一発キメてきたんじゃないか。

 どうしてこんなに積極的に誘って来るかは知らないけど、新人を連れて来ればサービスすると言い含められていたりして。

 それより止めないと。これはさすがに僕たちが出る案件だろう。そう考えたときだ。


「どんなものだ?」


 粗暴な言葉とは真逆の、鈴を鳴らしたような可憐な声。

 その場の全員が驚いて一番小柄な少女を見た。


 姫香さんは口元にうっすらと笑みを浮かべていた。

 真っ赤な紅をつけているからかその緩い唇の歪ませ方はどこか恐ろしい。


「その、誘い方、あまりよろしくないな」


 余所行きモードというのか、普段より少し高めの声でしゃべっている。

 あと『文法が惜しい』と所長がつぶやいたがそれを気にしている場合じゃないと思う。


「まるで――危ないモノ、勧めているようだ」

「そ、そういうわけでは…」


 笑むことに早くも疲れたらしき姫香さんは、すっと表情を平坦に戻す。

 それから首を傾げて井上さんの瞳をじっと見た。

罪を暴く目に覗きこまれてどのような気分だろうか。


「――ヒィっ!?」


 感受性豊からしい。めちゃくちゃビビっていた。

 もう一歩、姫香さんが近寄ろうとしたときにばたばたと二名のボディーガードがこちらに走ってきた。


「やっと見つけましたよ、井上さま!」

「申し訳ありません。こちらの方、なにか妙な事は仰っていませんでしたか?」

「あ……いえ、なにも…」


 あっけにとられた様子の添田君だったが、すぐに否定する。

 よかった、空気を読めるうえに面倒事には首を突っ込まないタイプで。


「本当にすいません、酔っていまして」

「ご迷惑をお掛けしました」


 質問する暇もないほど迅速に井上さんは回収されていった。あの様子だとなにを雇い主が使っているのか知っているな。


 ぽかんと見送る僕らの中、姫香さんは喉を痛そうに擦った。


「…大丈夫ですか?」

「喋りすぎた」


 あれで喋りすぎなんだ…。

 ともあれ、ファインプレイだった。まさかあの流れを切るのが姫香さんだとは思いませんでした。


「あ、ありがとうございます…」


 添田君の礼に彼女は首だけ振った。

 どことなくやり切った表情をしている。喋ることはよほどパワーを使うようだ。

 今までを思い返しても長く話していたところは数えるほどしかない。だいたい普段は単語だったりごく短い言葉だ。


「…とりあえず一人目は見つかったな」

「え、もしかして」

「ああ。マークされているうちの一人」


 あちらからホイホイ近寄ってきて、さらには情報までくれたのか…。サービスが過ぎる。

 なんとも言えない気分を噛みしめながら僕たちは、というより添田君は隅の方に移動する。

 姫香さんはちゃっかりジュースを貰ってきていた。

 一気に疲れた顔をする添田君を励ましていると、短いノイズの後に放送が入る。


『ご来場の皆さまへお知らせです。主催者の江山が急な体調不良により欠席となりましたので、代理として副主催の――』


 会場がざわめく。

 急な体調不良ね。多分本当の理由ではないだろうと、勘で思った。

 どんな理由であれトラブルなく終わってくれるなら良い。

 あちらの事情はあちらのものだから、僕たちに降りかからなければどうでもって感じだ。


 こうして、主催がいない、どうにも締まらない空気の中で音頭が取られた。



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