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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
五章 シークレットパーティー
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十話『パーティー会場到着』

 二週間後の土曜日。夕方。


「……わぁー…」


 思わず子供のような歓声をあげてしまう。

 車窓の外に大きなホテルがそびえており、周りは同じような黒塗りの車が並んでいた。たまに白とかベージュ色が混じっている。

 共通しているのはどれも高級車だろうということだ。分かる範囲ではベンツやセンチュリー。おそらく海外車もある。

 うっかり傷をつけようものならどうなるか分かったもんじゃない。

 幸いなことに運転をしているのは僕でも所長でもなく、添田君の祖父が懇意にしているという運転手さんだから安心だ。そもそも自分が運転できるのか疑問である。

 ちなみに前原さんは今回欠席だ。『顔が怖いから怪しまれる』と咲夜さんが酷いことを言っていた。確かに顔に傷はあるけど。


「ツル、みっともなく口半開きにするなよ」

「してませんよ!」


 助手席に座っている所長がからかってきたので反抗する。しまった、バックミラーに写ってたかな。あわてて口を閉じた。

 スモークガラスなのでよほど見るつもりでなければ外から中は見えないだろうけど。


「珍しい光景ですからね。私も運転手を何十年としていますが、このような集まりはめったにありませんし」


 運転手さんの優しいフォローが胸に刺さる。

 彼は穏やかに続けた。


「関係ない所で見ている分にはいいですが、いざ自分がこの待機列に巻き込まれると片っ端から十円玉で塗装を剥ぎたくなります」

「待って」


 やめて。いきなり近所の悪ガキみたいなことを言うのやめて。

 良心だと思っていた人が爆弾発言をするものだから動揺する。

運転手さんは「冗談です」と朗らかに笑ったが全然笑えなかった。所長は愛想笑いをしていた。大人の対応だ。

緊張をほぐそうとしてくれているんだけど、ブラックジョークをぶっこむのはどうかと思うの。


「吐きそう…」


 あと肝心の主役が横で沈んでいた。

 両の手を組み合わせ、指先が白くなるぐらいにぎゅっと握りしめている。

 薄く紅を塗っていなかったらその唇は今頃真っ青だろう。

 パーティーに出席するというか、これから死刑台を上るみたいだ。


「頑張ってくれよ添田青年。適当に笑ってお茶濁していればいいんだろ?」


 あくまでも彼が出席した理由は顔見せ。

 取引先と話すわけでもなければ、重要な話にもつれ込むこともない。はず。

 それに新顔の若造に積極的に深い話を持ち込む人もそこまでいるとは思えない。


「そ、そ、そうですけど…僕、あがり症だし、あんまり大勢の前にいてもうまく喋れないし…」

「海外留学していたとは思えない消極性だな…」

「それはいいんです…。みんな学生で、勉強するという共通の目的下で出会って仲良くなりましたし…」

「ああ。共通の話題がなさそうなのが今回の辛いところか」


 ボディーガードの僕たちが彼に助け舟を出すことはできない。

 あくまでも僕たちは付き添いであって、勝手に意見は述べることが出来ない。戦えるのは添田君ただ一人だけだ。

 そりゃ物理的に何かあったなら助けられるけど。


「気楽に行ってきてください、洋一坊ちゃん。いきなりケンカを吹っ掛ける者はいないでしょう」

「そうだぞ坊っちゃん」

「頑張れ坊っちゃん」

「うわぁぁ、その呼び方やめてください身体がかゆくなる…!」


 アホな会話をしていたらホテルのエントランスの前に着いていた。

 車は地下の駐車場に置き、運転手さんは別室で待機。連絡をしてまた落ち合うという手はずになっている。

 ドアを開ける前に礼をいい、僕と所長は同時に降りた。


 所長が後部座席を開ける。

 中から添田君が――表情を引き締めた添田君がゆっくりと出てくる。

 たった今までからかわれていたとは思えない顔つきだ。スイッチの切り替えが上手なんだな。


『降りたね。エントランス入ってすぐ右にいる』

「了解」


 すでに女子組は中で待っているようだ。百子さんの通信に短く答えると足早にホテルへ入っていく。

 所長、僕、百子さん、咲夜さんはみんなスーツにサングラスで耳には通信機器がついてある。こっそり周りを見てみたけど、他のボディーガードも同じようなものを装着していたので目立つことはなさそうだ。

 そして――


 肩と背中が大きく開けられた黒く滑らかな光沢を放つドレス。

 首はいつもと少し質感の違う、豪奢なチョーカー。

 欠けた耳たぶを隠すように仰々しいイヤーカフが揺れている。

 髪飾りは黒と銀で彩られた花のコサージュ。

 化粧が施された顔には無表情の仮面がはりついていて、それだけがいつも通りだった。


「ほらヒメ、もうちっと笑え」

「……」


 姫香さんだけはドレス姿での参戦となった。

 理由としては、添田君一人に対してボディーガード五人はさすがに多すぎるという理由。

 ならば一人を出席者に仕立てあげてしまえば一人につき二人という構図になり怪しまれる確率がぐんと減る。

 所長の提案を聞かされたときは無茶ではないかと思ったが、参加するためのあれこれを添田君の祖父がしてくれたらしくて実現した。冷静になって考えると添田君のお祖父さんもただものじゃないよな…。


 本当はいくらか社交的な咲夜さんが適任ではないかという話もあったが、彼女が頑なに固辞した。身体の傷が気になるそうだ。

 百子さんはドレスを着ると身体のラインが出て男だとバレそうだということで辞退。肩や足首は結構特徴が出るんだよね。

 そんなわけで無表情ガール姫香さんが選ばれた。


「では、行きましょうか」


 添田君は硬い声で言った。

 目がすさまじく泳いでいるけど本当に大丈夫かな。



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