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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
一章 遺骨ペンダント
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十一話『IDストラップ/知らないこと、忘れたこと』


「しかし、偽のものを、ですか…」

「ヒメちゃんも頭が回るね~。女の勘ってやつなのかも?」


 百子さんと近場の百円ショップまで出向いていた。

 そんなものを見たことがあると、僕を伴って外に出たのだ。いつも一緒に出掛ける仲の咲夜さんはうかつに外に出られないので代理と言う形だ。


「IDストラップって言う、自分の名前とか血液型を書いた紙をカプセルの中に入れる奴だね。それの真似したものがよく売ってるんだよ~」


 ははぁ。説明だけ聞くと入れるものは違くても形状的には同じものなのかも。

 しかしストラップだったとして、それだと首から掛けられないのではないか。

 道中そのことを聞くとネックレスチェーンをつけるとのこと。なるほど。


 店内。ぽいぽいと僕の持つ籠の中に目当てのものを放り込む百子さんに気になることを聞いてみた。


「姫香さんて日本人ですよね」


 久々にあんなに長いセリフ聞いたけど、かなり片言な印象がある。

 喋るのが苦手にしてもちょっと無理があるのではなかろうか。

 しかし、会話も理解できているしなによりファイルで人の名前探したり必要な個所を抽出なんてできないよな。


「そうだと思うよ~? でも肌白いしもしかしたら西洋の血あったりしてね」

「彫り深いですもんね。所長の…腹違いの妹だったり?」

「んー」


 少し迷った風に動きを止めた。

 空中で静止した手は女性の割にはごつごつしている気がする。筋張っているというか。まあ百子さんって身体の線も硬い感じだしそういうものなのだろう。口に出したら絶対セクハラになる。


「あたしが言ったって、秘密にしといてね。ケンちゃんけっこう自分のこと触れられるの嫌がるから~」

「はい」


 所長と姫香さんの二人は、過去を隠したがる。

 あれ。そういえば咲夜さんも百子さんも昔の話をしたことあっただろうか。みんなそろって過去から目を背けているタイプ?

 僕に至っては記憶ないから。


「ある日いきなりふらりと連れてきたんだよね、彼女を。問いただしても教えてくれないし、だから素性も住んでたところも謎」

「…誘拐じゃないですかね」

「君はもうちょっと自分とこの上司を信用してあげようよ~…」


 そこだけ聞いてるとアウトだもん。

 あの二人が並んで歩いていると絶対きな臭い感じになる。悪目立ちもしそう。


 そこで一度会話を中断し、いちにいと籠の中にあるそれらの数を数えてレジに持っていく。

 会計をしたあとに外へ出た。


「ケンちゃん、人のことほっとけないところあるから。だからきっとどこかで大変な目にあってたヒメちゃんを放っておけなかったんだろうね?」

「僕のことも面倒見てくれましたしね…」

「でしょ〜? 仲良くやれてるなら、深く追求するのはやめよっかなって」


 見た目に反して所長はお人よしだ。だから何も持たない僕も雇ってくれたんだろう。

 百子さんはついでに買ったキャンディを口に放り込み、僕にもくれた。

 人混みを除けながら歩いていく。


「あたし的には君も不思議なんだけどさ~」


 周りががやがやしているからかわずかに声を大きくして僕を見た。

 身長差は変わらない。こっちより小さいけど170とかそのぐらいだろう。高い。


「不思議ですか?」

「うん。記憶ない事とか」

「ああ…ほら、あんまり悩んでも仕方がないじゃないですか。こういうのは」

「そういうものなの? あたしとしてもウジウジされるよりはいいけど…なんていうのかな、こう、無関心すぎるよね。心配になるぐらいに」

「そう…ですかね」

「自分の名前を頼りに失踪人探して、いなかったって知ってそれっきりだもの~。こっちが拍子抜けしちゃうよ」

「僕は……」


 頭が鋭く痛くなる。

 耳鳴りと共に膜を張ったようにすべての音が遠くなった。


 だって僕は、僕は、ーー僕は何だ?

 思い出せないのだから仕方ないじゃないか。


 思い出したくない・・・・・・・・のだから。


 興味がない・・・・・のではなく、拒否している・・・・・・のだ。


 ――え?


「…ヨヅっち?」


 雑踏の声が戻り、気がつくと僕は立ち止まっていた。


「大丈夫?」

「あ、ああ、大丈夫です…」


 頭痛はどこかに去っていた。

 残ったのは額に浮かんだ冷汗だけだ。


 今のは、どういう…。

 更に思考をめぐらそうとしてもそれ以上は霞かかったようにぼんやりしてしまう。

 掴んだものが手の間から流れていったような、そんな感じだ。

 なんだか気持ち悪い。


「ちょっとぼんやりしてしまって…」

「…そう? 早く帰ろうか、ここのところ色々あるものね」


 百子さんはそれ以上触れずにいてくれたのはありがたい。

 何だったんだろう今のは。初めてのことだ。…以前にもあったっけ。

 ぐるぐると考えながら事務所の扉を開ける。



「うわ」


 ちょうど今来たばかりか、帰るところだったのか。扉の前に誰かが立っていて危うくぶつけそうになった。

 青年。若い。上等なものを着ているのは分かった。


「おかえり。ちょうどよく帰ってきたな」


 所長が青年の肩越しに言う。応対していた、というところだろう。

 となると本日二度目の来客になる。珍しいことこの上ない。

 青年は頭を下げた。


「添田一郎の息子の、添田洋介と言います」

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